落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・太助が、落語の魅力を考えます。

落語家は、YouTubeに高座の動画をアップすべきなのか?(2)

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。以前、落語家はYouTubeに高座の動画をアップすべきか? というテーマを考えてみました。今日は、その続編になります。

 

(前回の記事)

osamuya-tasuke.hatenablog.com

 

第1回では、「売れる」という要素を以下の5つに分解してみました。

 

 売れる=知名度×実力×評判×新規客×固定客

 

 

1)知名度(見たこと、聞いたことがある)

2)落語家としての話芸の実力

3)評判(面白かった、感動した、お客が入っていた、など)

4)新規客をつかむ

5)固定客(ファン、常連さん、リピーター)を増やす

 

落語のメインターゲットである中高年層に知ってもらうには、テレビへの露出が一番良いのですが、テレビで落語家が登場できる枠は限られています。そこで、

 

自分の高座の動画を、YouTubeに戦略的にアップしていくこと

 

を提案しました。

 

ネットおよび動画の活用です。なぜネットを活用すべきなのか? それは、メディアの利用時間において、ネットはテレビに次ぐものになっているからです。下のグラフは、主なメディアの1日の平均利用時間を示したものです(総務省「平成29年版 情報通信白書」より抜粋)。

 

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平日の全世代でも、テレビ(リアルタイム)視聴に次いでインターネット利用の時間が長く、毎年、増加傾向にあります。

 

10代、20代では、すでにネットの利用時間が、テレビの視聴時間を大きく上回っています。

 

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知名度を上げたり、新規客を獲得していくためには、ネットをメディアとして活用することが大切なことがお分かりいただけると思います。

 

さらに、ネットは「口コミの拡散効果」に優れています。特に若い世代は、「おもしろい」と思ったことを、SNS(LINEやInstagramなど)を利用して、友人に(あるいは不特定多数の人に)その場で伝えます。この友人が、また自分の周囲に伝える、というように、情報がスピーディーかつ広範囲に広まります。

 

落語会で観てもらい、固定客が「面白かった」と言って、次回に知人を連れてきてくれるという、リアルな評判の広げ方では、地域も限定されてしまいます。しかし、ネットであれば、日本全国で、自分の芸を見てもらうことが可能なのです。

 

ネットで動画を公開するメリットとデメリット

 

では、落語家が、ネットで動画や音源を公開するデメリットは何でしょうか? 太助の推測も交えて、以下のようなものがあると思います。

 

1)ネットで満足してしまい、実際の高座に足を運ばなくなる

2)CDやDVDの売上が下がる

3)不評、悪評が広がる可能性がある

4)芸やギャグを同業者に盗まれる可能性がある

 

2)は、音楽業界では長らく議論されているテーマです。違法に楽曲をネットに公開されることで、CDの売上が減ってしまうという問題です。難しい課題なのですが、現在、考え方が少しずつ変わってきています。積極的に楽曲をネットに公開することで、コンサートに来る観客を増やす、という戦略を採るミュージシャンが増えているのです。

 

ネットで知名度を上げ、実際のコンサートに足を運んでもらうという方法ですね。日本のONE OK ROCK(ワンオクロック)というバンドは、この手法で世界各地に進出しています。

 

現在、柳家喬太郎立川志の輔など、トップクラスの人気を誇る落語家さんの動画は、数多くアップされています。志の輔師匠は、「日本で最もチケットの取れない落語家の一人」と言われていますから、地方の方も含めて、動画や音声で視聴できることは、大変に嬉しいことです。ネットで視聴してみると、さすがに面白く、ぜひ「高座に行きたいな」という気持ちにさせてくれます。

 

3)についてですが、動画にはコメントが付けられるので、好評、不評が書き込まれるのは仕方ないですかねぇ。しかし、それはリアルな高座でも同じではないでしょうか(笑)。

 

4)は、太助の推測です。プロの世界では、他人のギャグは盗まない、という不問律があると聞いたことがありますが。どうなんでしょうか? ネットで先に広めたほうが、本家になりそうな気もしますが。

 

いろいろと書いてきましたが、結論としては、次世代を取り込むという意味においても、落語家さんは積極的にネットを活用すべきだと思います。立川談志師匠は、テレビの黎明期に、「笑点」などの企画をガンガン発案して、メディアとして上手に活用していました。これだけの数の落語家さんがいながら、現在、戦略的にネットを活用しようとしている方は、ほとんど見当たりません。実に、もったいない気がします。

 

さて明日は、落語教室の発表会。太助、頑張ってきます!

 

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猫好きのための落語って、あるのかニャ!?

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こんにちは、太助です。私は、自他共に認める猫バカ。街で猫を見かければ、「ニャ」と言って話しかけ、飼い猫が外で喧嘩をしていれば、必ず駆けつけて加勢します。いつでも、自分の飼い猫のほうが正しいと信じ込み、太助という名前も、実は昔の飼い猫の名前。

 

もう猫バカというより、ただの馬鹿という気もしますが……。

 

猫好きのための落語があるのか、気になったので探してみました。

 

猫の皿

 

骨董の仲買人が主人公。東京では掘り出し物が見つからないので、地方を回っている。街道の茶屋で休んでいて、ふと土間を見ると、猫が飯を食べている最中。その皿を見て、驚いた。絵高麗といって、三百両は下らない大変に高価なもの。この皿を、なんとか安く買い取ろうと考え、「自分は猫好きなので、猫を譲ってほしい」ともちかける。しぶる主人に、三両の値を提示して、なんとか承知をさせる。「ついでに、その皿も譲ってほしい」と言うと、主人は承知をしない。「この皿は絵高麗の大変、高価なものだから」と言う。「そんな高価もので、なぜ猫に飯を食わせてるんだ?」と尋ねると、主人の答えが……。

 

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猫久(ねこきゅう)

 

題名には、「猫」が入っているが、これは長屋暮らしの八百屋の久六さんのあだ名。猫のようにおとなしいから猫久と呼ばれている久六が、ある日、血相を変えて脇差(わきざし)を取りに戻ってきた。その女房は、脇差を取りだすと、神棚の前で三遍いただいて亭主に渡した。それを見ていた熊が、その意味を教えられ、よく理解しないまま真似をするという長屋噺。

 

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猫の災難

 

文無しの熊さん、隣りのおかみさんから、鯛の頭と尻尾だけをもらう。猫の病気見舞いに貰ったもので、身を食べさせた残りもの。ここに訪ねてきたのが兄貴分。真中にすり鉢がかぶせてある鯛を見て、「いい魚がある」と勘違いして、酒を買いに行ってしまった。困った熊は、酒を買って戻ってきた兄貴分に「猫が身だけ、持って行ってしまった」と嘘をつく。どうしても鯛が食べたくなった兄貴分は、今度は魚屋へ。その間に、酒の味見を始めた熊だが、飲みだすと止まらない。とうとう、買ってきた酒を飲みきってしまった熊は、また猫のせいに……。

 

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猫忠(ねこただ)

 

美人の常磐津(ときわず)の師匠のところへ、下心いっぱいで通う若い衆。ところが、この師匠と自分達の兄貴分が、いい仲になっていることが分かる。腹を立てた連中は、兄貴分の女房に告げ口に向かうのだが、このいい仲になっている男は、大きな猫が化けたものだった……。

 

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猫怪談

 

与太郎の育ての親というべき親分が、急に亡くなった。与太郎と大家、長屋の住人の三人で、夜中、寺に運ぶことになるのだが、途中で遺体を入れた早桶(はやおけ)がバラバラに。大家達は、換えの早桶を探しに出かけ、与太郎が一人で番をすることに。ところが、遺体が動き出したり、踊りだしたりする。魔力を持った猫の仕業ではないか、というちょっと不気味な噺。


 

こうして紹介してみると、猫がタイトルについている噺でも、猫は出てこなかったり、猫は化けるなど魔力を持っていると信じられていたため、怪異談のような噺も多いですね。「可愛い猫が登場する噺はないのか?」と探してみたら、三遊亭白鳥師匠の「わんにゃん物語」がありました。これは、お気に入りです。

 

わんにゃん物語

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猫好きの皆さん、猫の落語はいかがですか? ちょっと現代とは、猫の存在感が違いますよね。

 

太助セレクト落語 見逃したくない!9月のお勧め落語会(2)

こんにちは、太助です。2017年9月中旬の、太助お勧めの落語会をピックアップしました。ぜひ、参考にしてください!

 

入船亭扇遊を聴く会

日時:9月10日(日)、開演:18:30

料金:全席指定 3,000円

出演:入船亭扇遊

場所:三越前 お江戸日本橋亭

問い合せ:090-2705-9694

⇒本当に、粋でしぶい落語家といえば入船亭扇遊師匠。映画「ねぼけ」の師匠役もカッコ良かった! お勧めです。

 

笑ホール寄席

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日時:9月15日(金)

開演:19:00

料金:2,000円

出演:三遊亭王楽、春風亭一之輔、立川志獅丸、桂三木男

場所:たましんRISURUホール

問い合せ:042-526-1311

⇒このメンバーで入場料が2,000円。コスパ良すぎでしょ! チケットが取れたら、めっけもん。立川志獅丸師匠の屈託のない明るさも、太助は好きです。

 

朝日名人会

日時:9月16日(土)

開演:14:00

料金:4,300円

出演:

柳家権太楼 「薮入り」

林家正雀 「芝居風呂」

柳家喬太郎 「擬宝珠」

入船亭扇辰 「一眼国」

桂三木男 「大工調べ」

場所:有楽町朝日ホール

問い合せ:03-3267-9990

⇒伝統ある朝日名人会。柳家喬太郎師匠の「擬宝珠(ぎぼし)」は、あまり演者のいない、ちょっと珍しい噺です。 

 

なまらく「てんまんの会」

日時:9月16日(土)

開演:18:00

料金:予約2,200円 当時2,500円

出演:三遊亭天どん、三遊亭萬橘

場所:お江戸両国亭

問い合せ:03-6677-0031

⇒癖のあるというか、とても個性的な天どん、萬橘師匠の二人会。好きになるか、嫌いになるか? 自分で見て判断してください。

 

扇辰・喬太郎の会

日時:9月17日(日) 

開演:18:30

料金:3,600円

出演:柳家喬太郎、入船亭扇辰

場所:国立演芸場

問い合せ:03-6909-4101

柳家喬太郎、入船亭扇辰の同期2人の勉強会。今回は、扇辰師が「緑林門松竹」より 、喬太郎師が「二十四孝」。毎回、即完売となる人気公演。残念ながら、チケットはすでに売り切れです。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。

日本版カジノを作るなら、高度なエンターテイメントのセンスが必要(1)

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こんにちは、太助です。落語で、「飲む(酒を飲む)」「打つ(賭博をする)」「買う(女郎を買う)」は、欠かすことのできない題材です。人口比で男性の多かった江戸では、この飲む、打つ、買うが、大きな娯楽であったことは間違いありません。

 

「打つ」とは賭け事のことで、これを題材にした落語も色々あります。名作といわれる「文七元結(ぶんしちもっとい)」も、腕はいいが博打にのめり込んで、何もかも失った左官職人が主人公です。いまの言葉でいうと、ギャンブル依存症です。

 

ここまで書いていて、ふと「日本版カジノは、どうなったのだろうか?」と気になりました。そこで今回は落語をちょっと離れて、日本版カジノについて考えてみたいと思います。

 

日本版カジノのメリットとデメリット

 

2014年5月に安倍首相が、カジノを含む統合型リゾートが日本経済の成長の柱になるという認識を示し、これ以降、日本で本格的なカジノ合法化と統合リゾートの導入に向けた検討に入りました。

 

統合型リゾートとは、カジノを中心として、ホテル、レストラン、劇場などその他のアミューズメント施設、国際会議場、国際展示場といったものを含んで開発される統合的な観光施設です。思い浮かぶのは、ラスベガスやマカオにある巨大なリゾート施設ですね。

 

この日本型カジノがスタートすると、開発段階から巨額の投資が見込めますし、国内・海外からの観光客の誘致、雇用の創出、地方経済の活性化など、いわゆる経済効果が期待できます。

 

その半面、ギャンブル依存症の発生、周辺地域の治安の悪化、青少年教育への影響などが懸念されています。また、賭博は日本の法律では、かなり厳しく制限されていますので、そこをクリアしていく必要があります。これがカジノ合法化の壁です。

 

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シンガポールの統合型リゾート「マリーナベイ・サンズ」

 

日本人のギャンブルの楽しみ方の特徴

 

太助は、仕事や観光などで、ラスベガスには10回以上、その他、マニラやシンガポール、韓国のカジノなどを体験しています。

 

その体験を元に言わせてもらうと、「日本型カジノはやるべき。ただし、構想から運営まで海外からのプロフェッショナルを招聘して進めないと失敗する」と思います。

 

その理由として、以下のように考えます。

 

1)日本で将来的に成長を見込める産業は数少ない。その1つは間違いなく観光。統合型リゾートは新たな観光名所にもできるし、日本には少ない長期滞在型リゾートにもできる。

 

2)ギャンブル依存症は、当然、一定数は発生するが、現在あるパチンコや競馬、競輪などと比べて突出して高くなることはない。

 

3)地域の治安に関しては、野球場でもターミナル駅でも人の集まる場所は、当然、スリ等は増える。しかし、これは警備体制の問題である程度、解決できる。

 

4)一番の課題は、明確なコンセプトを持った、大人が本当に楽しめるリゾート施設を作れるかどうか。日本人は、この手のアミューズメント施設を作るのが本当に下手。

 

2)に関しては、色々なカジノを観察していると気付くのですが、ギャンブルの楽しみ方が、日本人とアメリカ人、あるいは中国人とでは違うのです。

 

パチンコがいい例なのですが、100%個人での娯楽です。店内にいくら人がたくさん居ようと、そこに会話はありません。競馬や競輪もそうです。ほとんどの方は、個人ベースで楽しんでいます。ところが、ラスベガスのアメリカ人やマカオの中国人は、グループで来て、ルーレットやバカラのテーブルを囲み、みんなで「勝った、負けた」と大騒ぎしながら、長時間、楽しんでいます。

 

ギャンブルの楽しみ方が、根本的に違うのではないか、というのが太助の考えです。入場にマイナンバーカードを提示することになりそうですし、入場の回数制限もある。カジノを前面に出して、日本人をメインターゲットにすると苦戦しそうな気がします。(ちなみ私は、カジノで色々、ギャンブルを体験し、「自分はギャンブルが好きではない」ということに気付きました(笑)」

 

コンセプトのはっきりしない、骨抜きされたような施設は作るな!

 

しかし、何と言っても課題は4)です。本当に魅力的な施設を作れるのか、という点です。統合型リゾートは、後発ほど、より豪華に、コンセプチュアルにする必要があると思います。また、世界最高クラスのショーも統合型リゾートの魅力の1つですが、こういう部分の招聘も日本人は苦手です。

 

公的機関や色々な企業が入り、コンセプトが二転三転し、結果、無難で面白味のない施設ができてしまうのではないかと危惧します。

 

いい例が、長崎のハウステンボスです。なんだかコンセプトのはっきりしない、面白味のない施設で、エイチ・アイ・エスが支援に入るまで、15年近くも迷走と経営難を繰り返しました。

 

という訳で、海外からの投資や、経験のあるプロフェッショナルを積極的に呼び込み、任せるべきことは任せていくべきだと思います。

 

でも太助は、結構ワクワクしてるんですよ。ラスベガスのように大人が歩いて本当に魅力的な、ワンダーランドができればいいなぁ、と思っているのです。

 

日本版カジノ、みなさんは、どう思われますか?

闇の奥から聞こえてくるのは……。怪談「生きている小平治」

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こんにちは、太助です。落語には怪談噺(かいだんばなし)というジャンルがあります。怪談というと稲川淳二さんが有名ですよね。

 

テレビや映画と違い、落語は、映像がなく、語りだけで展開していきます。すべての情景は、聞き手である私たちの想像力にゆだねられます。登場人物の表情や恐ろしい光景など、百人いれば百通りのシーンが、それぞれの脳裏に浮かんでいるのです。

 

太助の好きな怪談噺は、八代目 林家正蔵(彦六)が得意とした「生きている小平治(こへいじ)」です。

 

奥州(福島県)の安積沼(あさかぬま)で、2人の男が一艘の小船に乗り、釣りをしている場面から、噺は始まります。一人は役者の小平治。もう一人は、幼なじみの同じ芝居小屋で働く、囃子(はやし)方の太九郎(たくろう)。

 

その沼の情景は、こんな風に語られます。

 

「沼の上には白い藻の花が咲いておりまして、おいかぶさるように暗い木立を映して、どんよりと澱んでおりまする水の面(おもて)。空は露を含んでおりますが、暗いのですが、遠い山々のはしのほうに、青空がちょいと見えまして、そこからわびしい光の矢が一筋、この古沼をさしております」

 

小平治は、四年前から、太九郎の妻おちかと深い仲になっていることを、この船の上で、太九郎に打ち明けます。そして、「おちかを譲ってくれ」「いや駄目だ」という言い争いになり、太九郎は船の櫂を小平治の顔に叩きつけ、沼に突き落とします。

 

闇の中をトボトボと、提灯がどこまでも

 

数日後、江戸のおちかの家に、小平治が血だらけの姿で現れ、「太九郎を殺してしまったから、自分と一緒に逃げてくれ」と言い出します。そこへ戻ってくる太九郎。死んだと思っていた小平治が生きていたので、慌て、驚き、再び小平治を刺し殺します。

 

役人に追われ、江戸を去る太九郎とおちか。

 

その旅の途中で、太九郎は、「宿屋のそばで、小平治にそっくりな男を見かけた。小平治はまだ生きている」と呟きます。

 

「殺しても、殺しても小平治は生き返る」と怯える太九郎に対して、おちかは「そのときは、幾十度、幾百度でも殺してやりゃいいんだよ」と言い放つのです。

 

何かに引かれるように慌てて旅立つ太九郎。追いかけるおちか。……と、暗がりの中から、ちょうちんを下げた、顔に大きな傷のある小平治が現れ、トボトボと追っていきます。

 

小平治は、二人に襲いかかったりする訳ではありません。ただ、ただ、二人の後を静かに、どこまでも付いて行くだけなのです。

 

噺の最後はこのような言葉で終わります。

 

「やがて提灯の灯りも、真っ暗がりの闇の中。聞こえるものは風の音。波の音」

 

広がっていく暗がりの情景。そのとき、私たち一人ひとりの頭の中に、本当に怖いものが見えてきます。

 

 

夏にお勧めの怪談です。

 

 

NHK落語名人選43 八代目 林家 正蔵 生きている小平次・穴どろ

八代目 林家 正蔵

 

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落語家は、YouTubeに高座の動画をアップすべきなのか?(1)

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。私は勝手に、落語業界の私設応援団を自認しています。そこで今日は、落語家はYouTubeに高座の動画をアップすべきか? というテーマを考えてみたいと思います。

 

なぜ、こんなことを言い出したかというと、「私の好きな落語家さんの知名度が、もっと上がるためには、どうしたらいいんだろう?」と、ボンヤリ考えていたからです。

 

現在、漫画「昭和元禄落語心中」などの影響もあり、落語ブームが起きているといわれます。ホールで開催される落語会は、どこも満員だそうです。

 

しかし、ホール落語を見ている方はご存知だと思いますが、大手の落語会に呼ばれるのは、限られた、ごく一部の落語家さんだけです。高い人気がある落語家は、様々な落語会やイベントに引っ張りだこです。この売れっ子の落語家さん達には、年中、仕事の声がかかります。

 

「あの落語家は、客が呼べるから」という理由からです。「あの落語家は、客を持っている」なんて言い方もします。その数は、20名から30名弱。

 

東京には、前座から真打まで合わせると、550名前後の落語家さんがいます。前述した売れっ子の落語家は、全体の5%程度。では、それ以外の95%、500名以上の落語家さん達は、このブームの波にどうやって乗れば良いのでしょうか?

 

結論から言うと、やはりネットを活用すべきだと思います。

 

売れる=知名度×実力×評判×新規客×固定客

 

売れる」という要素を分解すると、以下の5つになります。

 

1)知名度(見たこと、聞いたことがある)

2)落語家としての話芸の実力

3)評判(面白かった、感動した、お客が入っていた、など)

4)新規客をつかむ

5)固定客(ファン、常連さん、リピーター)を増やす

 

これらは独立したものではありません。1)+2)……+5)や1)×2)……×5)になるものです。

 

この各要素を上げていくことが、「売れる」や「人気を得る」につながっていきます。例えば、固定客が、「とても面白かった」と言って、次回に知人を連れてきてくれれば、「評判」が上がり、「新規客」が増えていきます。

 

2)の落語家としての実力は、個人の資質や努力に関するものなので、今回は除くとして、1)の知名度を上げるには、どうしたら良いのでしょうか? 知名度は、新規客の開拓にも直結しますよね。

 

知名度を上げる一番の近道は、やはりテレビに出ることです。テレビは全国に放映され、落語のメインターゲットである中高年層に、自分を知ってもらうことができます。しかし、テレビで落語家が登場できる枠は、極めて限られています。

 

では、テレビに出られない大多数の落語家さんが、知名度を高め、自分の芸を見てもらい、それなりに評価され、新規の客や固定客を獲得していくには。どうすれば良いのか?

 

 

自分の高座の動画を、YouTubeに戦略的にアップしていくこと

 

やはり、この方法が良いのではないかと思います。このテーマは、長くなりそうなので、今回はここまでにしておきます(以下、続く)。

 

蒸し暑い日が続くと、どうしてもイライラしますね。こんな時でも、1日に1回は笑顔になりたいものです。「笑う力」を身につけましょう。

 

落語をやって初めて分かった! 男着物の魅力と面白さ(1)

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語を始めるようになって、必要になったのが着物です。

 

これまでの人生で、着物を着たことなど一度もありません。そこで実家の母親に「落語を始めるので、着物が必要」と告げたところ、「取りあえず、一揃い、作ってやる」と頼もしい言葉。

 

実は、うちの母親、着物販売会社で長らく働き、和服をバンバン売りまくる、やり手婆さんなのです。

 

で、送られてきたのが、羽織、着物、帯、白足袋、稽古用の浴衣、稽古用のマジックテープで留める帯でした。この着物を見たとき、素人目にも「これは相当、高価なものだ」と分かりました。帯も博多帯だそうで、金糸で模様が縫い込まれているかなり豪華なもの。着物は、黒茶で実にどっしりしています。

 

「師匠の着物より、高価かも……」と思いながら、初高座にあがりました。落語教室で着付けを教えてくれる訳もなく、事前に本など見ながら何回も着付けを練習しました。

 

2着目の着物が無性に欲しくなる

 

次の発表は春で、私は「湯屋番(ゆやばん)」という落語をやる予定でした。

 

湯屋番は、道楽が過ぎて勘当になった若旦那が主人公。いまは、知り合いの大工、熊の家で居候の身。「少し働いてみたら」と熊が持ってきた仕事が、銭湯の奉公人。この若旦那が、銭湯の番台で、誰もいない女湯を眺めながら、妄想を果てしなく膨らませていく、というストーリーです。

 

ここで気になってきたのが、着物です。私の持っている着物は、どっしりとした黒茶のもので、とても若旦那が着るという感じではありません。また、私は汗かきなので、春に着るには生地が厚すぎる気もしました。

 

そこで、春物の着物を探すことに。若旦那が着そうな紺系の着物、あるいは「笑点」メンバーが着ているような派手な単色の着物にしようと考え、浅草の着物屋さんを何件か、まわりました。この初めての着物選びで、いくつかのことが分かりました。

 

・着物は、価格差がかなりある。素材も色々。

・実際に着てみると、全く似合わないものがある。笑点メンバーが着ているような単色で派手な着物もあったが、私には全然、似合わなかった。

 

容姿、肌の色合い、体格など人それぞれなので、着物の合う・合わないは、実際に着てみないと分からない。これが分かっただけでも、大きな発見でした。

 

その後、落語家の着物を観察するようになりました。その結果、古典落語が専門の落語家さんは、時代設定やストーリーに引き込むために派手な着物はあまり着ない、新作落語系や漫談系の落語家さんは、けっこう派手な着物を着る人もいる、などが分かってきました。

 

着物って、素材などで随分、違うんだ

 

 

何軒か見て歩き、濃いブルーの地に細いストライプが入っている着物を選びました。そして、遅まきながら気付くのです。持っている金糸の帯に、このブルーの着物は全く合わない。……併せて、白い帯も購入しました。

 

さらに、この後、下に着る襦袢の襟の色も気になり始めるのです。単品ではなく、コーディネートが気になり始めたのです。「なるほど、これはうちの母親が、色々売りまくるはずだ」と合点がいきました。

 

ただ、配色を含めたコーディネートを考えることは、面倒なことではなく、むしろ楽しいものでした。私はファッションやオシャレに全く関心・興味のない人間ですが、オシャレが好きな人の気持ちが少し分かるような気がしました。

 

写真は、この時、買った着物です。着付けは、まだ本を見ながらです。

 

 

着物は素材によって着心地や見た目が全然、違うことも分かってきました。なんだか、着物の奥深い沼にズブリと足を踏み入れたような気がしたのを覚えています。

 

私の男着物放浪記は、ここから始まるのです(以下、続く)。

落語を観るなら余一会(よいちかい)は、要チェック!

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こんにちは、太助です。落語を観る場合、東京であれば、寄席(よせ)かホール落語のどちらかを選択するということになります。

 

1年中、落語が聞ける寄席は、東京では、新宿末廣亭、上野鈴本演芸場池袋演芸場浅草演芸ホールの4か所です。

 

これらの寄席は、ひと月を3期に分けてプログラムが組まれています。1日から10日が上席(かみせき)、11日から20日が中席(なかせき)、21日から30日が下席(しもせき)と呼ばれます。プログラムは、上席を落語協会、中席を落語芸術協会というように、この2つの団体が交互に出演するという構成がほとんどです(上野鈴本演芸場落語協会のみ)

 

ところが、31日のある月は、その日だけの特別興行が行われるのです。これが余一会(よいちかい)です。独演会や二人会なども多いのですが、時々、ビックリするような興行に出合えることがあります。

 

普段見られないような特別企画に出合うことも

 

私は、2016年3月31日の浅草演芸ホールで、これぞまさに夢のオールスター対決!という余一会を観ることができました。トップレベルの舞台創造事業に与えられる「文化芸術振興費補助金」の助成も付いた興行で、その名も「満開!若手落語会」。

 

出演者と演目は、

 

春風亭ぴっかり 「権助提灯」

春風亭一之輔  「人形買い」

・柳屋三三    「元犬」

三増紋之助    曲独楽

桃月庵白酒   「粗忽長屋

林家彦いち   「二月下旬」

・入船亭扇辰   「お血脈

林家二楽     紙切り

・柳屋喬太郎   「ハンバーグのできるまで」

 

いやあ、この時は全員が本当にすごかった。前の演者がドッと受けると、次の演者がさらにギアを上げて登場するという感じで、ものすごいハイレベルでした。

 

よく落語関連の書物で「その時、ドカンと笑いがきた」という表現を目にすることがありますが、全員が一斉に爆笑すると本当に「ドカン!」と聞こえるんだな、ということを実感しました。ちなみに、この日、一番笑いをとっていたのは、曲独楽の三増紋之助師匠でした(笑)。

 

余一会の情報は、直前にならないと出てこないこともありますので、寄席のホームページなどで、ぜひチェックしてみてください。

 

新宿末廣亭 余一会

 

変幻自在の名プレーヤー:瀧川鯉昇「鯉のぼりの御利益」

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こんにちは、太助です。今日はお勧め落語本として、瀧川鯉昇(りしょう)師匠の「鯉のぼりの御利益」を紹介します。

 

鯉昇師匠の魅力といえば、やはり豊かなバリトンから繰り広げられる、フンワリとした心地よい独特のリズムでしょう。長い噺でも、短い噺でもOK。競演する場合は、会場全体を心地よく温めて、他の演者の魅力をスッと引き立たせる。主役にもなれるし、脇役にもなれる。マクラは現代の話題を豊富に織り交ぜ、本寸法の古典かと思えば、「千早ふる」では竜田川はモンゴルまで行ってしまうし、「長屋の花見」では平壌放送まで飛び出す。堅調と誇張のダイナミックな融合。

 

変幻自在、かつ伸縮自在の名プレーヤー。それが、私にとっての瀧川鯉昇師です。

 

ただ、以前から、色々と疑問がありました。あの独特のリズムは、どの師匠から受け継いだものなのか? なぜ、古典落語を、あそこまでデフォルメして変えるのか? 

 

その答えは、この本の中にすべて書かれていました。

 

「鯉のぼりの御利益」は、落語家・瀧川鯉昇の波乱の半生記です。

 

師匠と泥酔して路上で眠る日々、そして師匠の廃業。すべてを糧に

 

弟子入りした春風亭小柳枝は、芸界を代表する酒乱で、破滅型の落語家。日中はほとんど二日酔い。泥酔しては所構わず寝てしまい、警察の世話になるのは日常茶飯事。

 

当時、師匠と私は泥酔すると、しばしば終電後の阿佐ヶ谷の駅前で、路上にダンボールを敷いて眠りました。(中略)これほど路上で寝た落語家師弟は、落語史のなかでも非常に稀だと思います。p.116

 

結局、小柳枝は、酒が原因で様々なトラブルを引き起こし、ついには落語家を廃業してしまいます。

 

小柳枝に入門するまでも1年半の宙ぶらりんの時期があり、入門して1年程度で師匠がいなくなり、また、宙ぶらりんの放置状態が続く。小柳枝とは不仲だった兄弟子の柳昇門下にようやく入るまで、さらに1年の歳月がかかります。

 

ようやく二つ目になっても、とんでもないオンボロアパート暮らし。極めつけのエピソードは、結婚までにお見合いの回数がなんと80回! この本では、実に様々なエピソードが、淡々と語られます。

 

はたからは悲惨とも思える修行時代に、鯉昇師は、自分の気質に気付き、前座のくせにと顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも勉強会を続け、独自の型を作り上げていきます。恨まず、腐らず、「あの時代があったからこそ、いまの自分がある」と、言い切れるのは素晴らしいことだと思います。

 

本のラストは、自分の弟子たち14人へのメッセージで結ばれています。

 

怒ったら必ず損をします。怒らないで生きてみてください。(中略)嘘でやる芸はだめ。やりたいことをやってうけないのは当たり前。何がいけない、何をどうすればいいのか。徹底的に自分で考えぬかないで、どこかを誤魔化していたら絶対にだめ。(中略)一生の糧になるものは自分で見つけて下さい。落語会・仕事の現場ひとつひとつ、そういった局面で出て来た“問い”に真摯に対処し続けることで、それは見つかるでしょう。p.252

 

自分が苦労し、苦闘してきたからこそ伝えられる暖かな言葉が、心に響きます。

 

私はいつも自由な精神でいて、それで私の長屋衆が自由奔放に躍動する。これが理想ですね。p.235

 

はい。いまや鯉昇師匠の長屋衆は、自由奔放に飛び回っていると思います。太助は、師匠の高座を拝見するといつも思います。

 

瀧川鯉昇、いまが全盛期だ。

 

この本は、鯉昇ファンが楽しめるだけでなく、落語家がどのように自分の型を確立していくかを知ることができる貴重な資料だと思います。お勧めの落語本です!

 

鯉のぼりの御利益―ふたりの師匠に導かれた芸道

 

発行:東京かわら版新書

価格:1,200円(税込み)

*一般書店では見つからない場合は、以下を参照してください。

東京かわら版 新書のご購入方法 | 新書のご案内 | 東京かわら版

太助セレクト落語 見逃したくない!9月のお勧め落語会(1)

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こんにちは、太助です。2017年9月上旬の、太助お勧めの落語会をピックアップしました。ぜひ、参考にしてください!

 

渋谷に福来る毎日新聞落語会)

日時:8月23日(水)、開演:19:00

料金:全席指定 3,800円

出演桃月庵白酒春風亭一之輔三遊亭白鳥林家彦いち

場所:渋谷区文化総合センター大和田

問い合せ

www.shibuyanifukukitaru.com

⇒「桃月庵白酒25周年記念落語会的な」と銘打たれた落語会。25周年を迎えた白酒師匠のために、面倒な先輩と手ごわい後輩が大集合。このメンバーだし、もう行くっきゃないでしょ。

 

こしらと宮治4

日時:9月5日(火)、開演:18:45

料金:予約 2,000円、当日 2,300円

出演立川こしら、桂 宮治

場所お江戸日本橋亭

問い合せ:03-6677-0031

⇒既成の落語をぶち壊してくれそうなパワーを持った落語家といえば、この二人。ライブの相乗効果で、何か飛び出すか、本当に期待大です。

 

こしら・馬るこ・萬橘”新ニッポンの話芸”

日時:9月6日(水)

料金:2,500円

出演立川こしら、三遊亭萬橘、鈴々舎馬るこ

場所:成城ホール

問い合せ:03-3482-1313

⇒落語評論家の広瀬和生さんプロデュースの落語会。公開録音を配信していますので、その楽しい雰囲気を先に味わってみて!

 

www.rakugo-podcast.com

 

こがねい落語特選「納涼 みたり名人競演会」

日時:9月10日(日)13:00開演

料金:一般3,500円

出演柳亭市馬桂雀々瀧川鯉昇

場所:小金井宮地楽器ホール

問い合せ:042-380-8099

⇒うん。名人競演です。太助イチ押しの鯉昇師匠。9月も引っ張りだこですね。

 

一之輔落語×竹灯籠能「鉄輪」

日時:9月9日 (土) 14:30開演(落語)、16:30~(能)

料金:6,500円

出演春風亭一之輔、(能)浅見慈一 他

場所千歳烏山 妙壽寺 本堂

問い合せ:03-3370-2757

⇒寺院で行われる落語と能のコラボイベント。300の竹灯籠が会場を灯す夏の夜の幽玄の世界です。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。

志ん生、小三治、志の輔を聴き比べると……。落語家の演出によって、落語はこんなにも変わる!

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。私たちの落語教室では、やりたい演目を決めたらCDやDVD、ネットで音源を探し、それを台本として書き起こし、暗記をします。この音源を探す際、1つの演目について、複数の落語家の噺を聞き比べ、自分に合う音源を見つけます。

 

こうして聞き比べていると、同じ噺でも、落語家によって演出が随分、違うことが分かってきました。演出によって、登場人物の性格や役割の軽重が、大きく変わってしまうのです。

 

いま「千両みかん」という噺を稽古していますので、これを題材に、落語家の演出によって、噺が随分、変わるという例を取り上げたいと思います。

 

真夏に、大店の若旦那が、ミカンがどうしても食べたくて、長く寝込んでしまいます。うっかり者の番頭が、「買ってきてやる」と安請け合いするのですが、現代と違って、江戸の頃。真夏にミカンなど、どこを探してもありません。あちこち必死で探し回り、ようやく一軒の青物問屋で、たった1つのミカンを見つけますが、値段を聞くと「1つ千両」と言われます。

 

たった1つのミカンが千両もするというのが、この噺の設定の面白さです。しかし、千両といえば、とてつもない大金。「なぜ千両もするのか?」という部分の演出が、演者によって大きく異なるのです。

 

「のれん」という演出が加わってくる!

 

「千両は、あまりに高い、ひどい」という番頭に対して、問屋の主人は、以下のように語ります。

 

古今亭志ん生

「ひどかったら売らないよ。無理に売りたかないんだ。こっちは商売もんで、ないと言われるのが悔しいから、蔵に置いてあるミカンの箱、みんな壊して1つ出したんだ。いやならお行きなさい」

 

柳家小三治

「……商人(あきんど)は、のれんを大切にいたします。いつお見えになるか分からないお客様のために、毎年、蔵を1つ無駄にして、ミカンを腐らしています。ここに残りました1つは、何百箱の中の1つ、何千箱の中の1粒でございます。私は商人でございます。お客様が欲しいとおっしゃれば、今までかかった元は、すべて掛けさせていただきます」

 

立川志の輔

「……のれんでございます。のれんを守るために、このようにしていました(いつ来るか分からない客のために、毎年、たくさんのミカンを腐らせても、取っておく)。商人(あきんど)が、のれんに懸ける気持ち、お分かりいただけませんかな」

 

 

こうして名人の噺を聴き比べてみると、実に面白いですねぇ(ちなみに、小三治志の輔バージョンでは、青物問屋ではなく、江戸でたった一軒のミカン問屋という設定に変えられています)。

 

志ん生バージョンだと、「商人の意地があるから探してやったが、いやなら売らないよ」という感じで、演じ方も、少し乱暴な八百屋の主人みたいな口調です。

 

小三治バージョンだと、話し方も静かな落ち着いたものになり、「のれんを守る」というテーマが出てきます。そして、「これまで掛かった元手をすべて回収させてもらう」と、商人の金銭に対する厳しさも感じさせます。

 

志の輔バージョンでは、「のれんを守る」を「のれんに懸ける」まで強め、金銭への言及はカットしています。

 

粗忽者の番頭さんが、必死でミカンを探す噺に、商人にとってのれんが、いかに大切かというテーマが新たに加わります。これによって、噺にグッと深みが加わります。

 

1つの落語を、色々な落語家のバージョンで聴き比べると、演出や人物の演じ方が異なり、とても面白いですよ。太助は、どんな演出で話すのかって? それは今後のお楽しみということで(笑)

 

落語研究会 柳家小三治全集 [DVD]

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トップマネージャーが「遊びを身につけて、表に出す」とは?

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こんにちは、太助です。今日は、「落語はビジネスに役立つ」というテーマで考えてみたいと思います。

 

私の好きな落語に「百年目」という噺があります。この噺に出てくる「遊びを身につけて、表に出す」というセリフが、私にはとても印象的です。ご紹介したいと思います。

 

1)この落語の主人公は、ある大店の番頭。遊び一つしたことがない堅物で通っていて、店では、奉公人たちを、のべつガミガミと叱っている。ところがこの番頭さん、実は、遊びのほうもかなりの達者。菓子屋に預けた派手な着物に着替えては、芸者のところに入り浸っている。

 

2)ちょうど季節は花見の頃。番頭さん、芸者や幇間を引き連れて、船で花見に繰り出すことになった。すれ違う船から顔を覗かれるとまずいので、暑くても障子を開けずにいた。しかし、向島に着くと、酒が入って大胆になり、扇子を縛り付けて顔を隠し、芸者衆や幇間と大騒ぎを繰り広げる。

 

3)そこへ、番頭の主人である旦那が、馴染みの医者と二人で花見にやってくる。土手の上で、二人はバッタリ鉢合わせ。突然、目の前に現れた主人に、番頭は動転し、「お久しぶりでございます」と言い、逃げるように店に戻ると、そのまま寝込んでしまう。店ではひた隠しにしていた、遊び呆ける姿を見られてしまったのだから、馘首は間違いないだろう。その晩は一睡もできず、翌日、帳場に座っていても生きた心地がしない。

 

4)そこへ旦那のお呼びがかかる。昨日のことを言い訳する番頭に対して、旦那は次のような話しをする。

 

堅すぎれば角が立つ。そこを遊びで丸くする

 

・帳面を調べてみたが、一つも不正はなかった。番頭はすべて自分の金で、あれだけ豪勢に遊んでいる。それは大したものだし、遊びは結構なものだ。

 ↓

・しかし、遊びを隠してやることはない。遊んで、その味を自分の身体につけて、表に出してもらいたい。仕事中、堅すぎれば角が立つ。そこを遊びで丸くする。遊びを無駄にしてはいけない。

 ↓

・番頭は、店では怖い顔をして、のべつ小言ばかり言っているが、そのうち効果はなくなってくる。小言は言うが、何でもないときにはニコニコしている。言ったあとは気を遣う。そうすると若い者が伸び伸びと働ける。

 ↓

・そうなると、お客が入ってきて、「ああ、この店は何か明るくていいな」と感じ、「また来よう」という気になる。これが儲けにつながっていく。

 ↓

・逆に始終、ガミガミ言っていると、店員が委縮してしまう。そういうことを客は身体で感じる。「なんかこの店は気分が良くないな」と。これは損につながっていく。

 ↓

・番頭の目から見て、大変に評価の低い者でも、長い目で見ていくと役に立ってくる。長い目で見てやり、伸び伸びと育ててやることが大切だ。

 ↓

・来年、番頭に暖簾を分けてやるから、それまでに、自分の代わりになる人間を育てなさい。

 

いかがでしょうか? マネジメントのあり方や人材育成の重要さが、分かりやすく伝わってきます。

 

ここで言う「遊び」というのは、女の子のいる店で酒を飲んだり、ゴルフをしたり、だけはないと思います。「様々な見聞を広める」と考えてはどうでしょうか。幅広い見聞を身につけることで、それがゆったりとした気持ちの余裕や、人間としての重みにつながっていくのではないでしょうか。

 

機会があったら、「百年目」を、ぜひ視聴してみてください。

 

志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを ち「百年目」

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 ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

youtu.be

お勧めの落語家:柳亭左龍~ふくよかで、艶やかな古典の名手

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こんにちは、太助です。暦の上では、夏は立夏から立秋の前日までなので、8月6日頃迄のはずですが、まだまだ暑さは続きそうです。


うだるような熱気の中、人形町で開催された「第1回 柳亭左龍 独演会」(7月25日)に行ってきました。

開演まで少し時間があったので、甘酒横丁の居酒屋「山葵(わさび)」に寄って、はもや穴子の白焼きなどで、ちょいと一杯(山葵は、魚が美味しく、うまい地酒が揃っているのでお勧めのお店ですよ!)。

 

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会場は、人形町駅から徒歩5分くらいの日本橋社会教育会館のホール。いかめしい名前のホールですが、ここの席は、列ごとに段差が付いているので、とても見やすいのです。

 

まんまるな顔と体から繰り出す、多彩な表現

 

柳亭左龍師匠といえば、まんまるな顔と体に、つぶらな瞳。漫画「おぼっちゃまくん」のような風貌ながら、深く響く美声の持ち主。初の独演会ということで、客の入りもよく、期待が膨らみます。

 

この日の演目は、 

 

お菊の皿」は、美人幽霊のお菊が人気者になって太ってしまうという設定にしてあり、左龍師が、まんまるな顔で演じる幽霊に、場内は大爆笑。

 

「壺算」からは、声もテンポもぐっと加速します。兄いの啖呵が心地よく。

 

船徳」は、若旦那のだらしなさ、船宿のおかみの困った様子に、何とも言えないおかしみがあります。

 

声の高さや大きさのメリハリ、顔芸ともいえる愉快な表情など、その引出しの豊かさに驚きます。独演会では「もうお腹いっぱい、胃もたれが……」という噺家さんもいますが、左龍師の場合は、フルコース食べても、本当に心地よく身体に入ってくる感じです。

 

今回が初の独演会というのは、ちょっと驚き。同期の柳家三三さんとは、勉強会を定期的に開催されているようですが、今後はぜひ、精力的に独演会を開いていただきたいものです。

 

柳亭左龍、お勧めの落語家さんです!

 

そうそう、次回独演会が決定しているそうですよ! ぜひ、足を運んでみてください。

 

日時:平成29年11月29日(水)

開演:19:00

場所:

chuo-shakyo.shopro.co.jp

 

柳亭 左龍(りゅうてい さりゅう)

2009(平成21)年 第14回林家彦六賞受賞

2010(平成22)年 花形演芸大賞銀賞受賞

2011(平成23)年 花形演芸大賞金賞受賞

2012(平成24)年 花形演芸大賞金賞受賞

 

落語のお勧め本「今夜も落語で眠りたい」

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こんにちは、太助です。毎日、暑い日が続きますね。「千両みかん」という落語を一生懸命、稽古しています。夏場に蜜柑などなかった江戸の頃。燃えるような炎天下、番頭さんが蜜柑を探して、江戸中を走り回る噺です。地球温暖化が進む今の東京と、冷房などなかった江戸時代。どちらが暑かったのでしょうか?

 

落語について少し深く知るためには、関連の書籍を読むことも大切だと思います。太助の落語お勧め本を、いろいろ紹介していきたいと思います。

 

今回紹介するのは、中野翠(なかの みどり)さんの『今夜も落語で眠りたい』です。コラムニストである中野さんは、テレビでたまたま見た古今亭志ん朝の「文七元結(ぶんしちもっとい)」に衝撃を受け、落語ファンになります。

 

その後、中野さんは、落語の名人のカセットテープを聞き込むことで、知識や理解を深めていきます。桂文楽古今亭志ん生古今亭志ん朝、柳屋小さん……。一日の終わりに落語のテープを聞いて眠るのが日課になった中野さんは、すっかり落語中毒者(ジャンキー)になっていきます。この本は、中野さんが聞いた名人の演目を、1つずつ紹介していくものです。

 

名人の名演の魅力を、ビギナーの観点で

 

この本の魅力は、何といっても名人による噺を大量に聞き込んで、その中から、お勧めの演目を紹介していることです。

 

桂文楽:「王子の幇間(たいこ)」「厩火事」「よかちょろ」「明烏」「酢豆腐

古今亭志ん生:「寝床」「犬の災難」「火炎太鼓」「黄金餅」「粗忽長屋」「唐茄子屋政談」

三遊亭円生:「彌次郎」「双蝶々」

古今亭志ん朝:「文七元結」「居残り佐平治」「雛鍔」「崇徳院」「三軒長屋」「三方一両損」「火事息子」

 

ほか、柳屋小さん、春風亭柳橋金原亭馬生春風亭柳昇など30演目が解説されています。落語の簡単なストーリー、演者の特徴、中野さんの解説と感想がコンパクトにまとめられていて、とても楽しいエッセイであり、落語ガイドブックにもなっています(その他、落語の登場人物を切り口に解説した章もあり)。

 

そのとき私は直感したのだ。「もしかして落語ってバカの豊かさを描いたものじゃないのかな」って。

 

p.13 古今亭志ん朝文七元結

 

 私も同感です。落語にはエリートは出てきません。会社の中でも外でも「競争」と「戦い」を繰り広げるビジネスの世界とは対極にある世界です。与太郎のような、バカが主人公の世界。しかし、その何と豊かなことか。

 

中野さんのこの本には、落語世界に対する温かなまなざしや愛情がたっぷりと詰まっています。寝る前に読むには、最高な1冊ですよ!

 

書名:今夜も落語で眠りたい

筆者中野翠

出版社文芸春秋

定価:750円+税

 

 

 

 

 

「超入門!落語THE MOVIE」の魅力を考える

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。田舎に住んでいると、夏は蚊に悩まされます。洗濯物を干すときなど、虫よけスプレーを使うのですが……。蚊ってヤツは、塗っていないところを探すのが実にうまいですよね。昨日、耳の裏側を刺されたときは、「耳なし芳一」という怪談を思い出しました。

 

さて、落語を聞き始めたばかりの方にお勧めしたいテレビ番組が、NHK総合の「超入門!落語THE MOVIE」です。今日は、この番組の魅力について考えてみます。

 

「超入門!落語THE MOVIE」は、落語の演目を映像化しているのですが、この番組のおもしろさは、落語家の喋りに合わせて、俳優がいわゆる「口パク」で登場人物を演じていることです。

 

番組の構成は、だいたい以下のような流れになっています。

 

1)番組ナビゲーター(濱田岳)の演目紹介

2)演目に関連する小噺的なドラマ(現代)

3)高座で、プロの落語家による口演

4)演目を映像化したドラマ

5)背景などに関する「解説コーナー」

 

30分弱の放送時間に、これだけの内容を詰め込むこと自体、「どれだけ贅沢なんだ!」という気がしますが、制作も大変な苦労を重ねているようですね。

 

「まず、師匠を呼んで落語の収録。早朝や深夜に都内の寄席を借り上げて、客席に人も入れて行います。そして、この音声を文字に起こし、俳優を決めてブッキングし稽古、そして撮影を進めていきます」

 

「役者さんは音声を繰り返し再生して練習します。演技はバッチリなのに音声と口が合っていなくて、テイク20くらい撮り直したときもあります。」

 

www.jprime.jp

 

落語の舞台が視覚化され、口跡のよい人気の落語家ぞろい

 

私が考えるこの番組の魅力は、以下となります。

 

1)落語の舞台、人物が視覚化される

 

落語の舞台となる長屋、茶店、奉行所などがビジュアル化されるので、江戸期の風俗に詳しくない人でも容易に落語の世界に入り込むことができます。私も「二番煎じ」という落語に出てくる番小屋は、「なるほど、この程度の広さなのだな」と勉強になりました。

 

2)口跡のよい人気の落語家ぞろい

 

発声やせりふ回し、声の質がよい演者を「口跡(こうせき)が良いね」などと言いますが、この番組に出てくる噺家は口跡のよい師匠がほとんど。その口調に合わせて、役者が口パクをするので、聞き取りやすい落語家でないと困るのですが。

 

柳家三三古今亭菊之丞柳亭市馬瀧川鯉昇春風亭一之輔など、実力と人気を兼ね備えた噺家が登場します。どの師匠もテンポが良くて、とても聞き取りやすいため、落語に知識のない人でも、すんなりとストーリーを理解することができるはずです。

 

3)けっこうマニアックな噺も取り上げられる

 

映像化するため、比較的、場面転換のある噺が取り上げられます。このためでしょうか、普段、あまり高座にかけられないような、「田能久」「不動坊」といっためずらしい噺も映像化されています。

 

作り手の落語に対する深い愛情を感じさせてくれる「超入門!落語THE MOVIE」。今後の期待は、廓話(くるわばなし)を、ぜひ手掛けていただきたいと思います。NHKという制約の中で難しいとは思いますが、昔の廓の情景や独特のしきたりなどは、噺だけでは想像力の限界がありますから。

 

落語初心者の方は、この番組で、長屋や登場人物の雰囲気を理解できたら、徐々に自分の想像力の中で落語の世界を繰り広げられるようになれば良いと思います。