落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・おさむ家太助が、落語の魅力を考えます。

落語を覚えて、記憶力の減退に挑む!(1)『落語家はなぜ噺を忘れないのか』

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語を話してみようと思ったときの、最初の関門は、噺を暗記しなければならないことです。

 

指導いただく師匠からは、「噺を覚えていなければ指導はできません」と言われます。また、うろ覚えでセリフを適当に言うことも厳禁です。まずは一言一句、お手本となる噺の通りに、覚えなければなりません。

 

「落語が話せるなんて、記憶力が良くて、頭がいいんですね」と言われることもあります。確かに、落語を覚えるのは簡単ではありません。太助も新しい噺を覚えるたびに、悪戦苦闘しています。また、年齢と共に記憶力が減退している気もします。

 

しかし、落語を覚えることは大変ですが、一生懸命に暗記して、人前で話すことは、記憶力を鍛えることにもなるのではないでしょうか?

 

という訳で、「落語を覚えて、忘れないようにするにはどうすればいいのか」というテーマについて、何回かに分けて考えてみたいと思います。

 

プロの落語家さんで真打クラスの方は、百席以上の噺を覚えていると言われます。もちろん長年修行して一席ずつ増やしたのでしょうが、噺を覚えたり、忘れないようにするためのコツがあるような気がします。

 

落語家が、噺を忘れない秘訣はあるのか?

 

何か、うまい秘訣はないかと探してみたところ、柳家花緑師匠の『落語家はなぜ噺を忘れないのか』という本を見つけました。

 

柳家花緑師は、五代目・柳家小さんの孫であり、15歳で落語界に入門し、22歳には戦後最年少での真打昇進を果たします。芸歴20年以上で、持ちネタが145本あるそうです。

 

本書で花緑師は、自分の持ちネタを整理して、3つのグループに分けています。

 

①いつでも高座にかけられるネタ:24本

②2~5回さらえば高座にかけられるネタ:72本

③高座にかけたことはあるが作り直す必要があるネタ:49本

 

①の「いつでも高座にかけられるネタ」の選定のポイントは、「自分の中で噺がしっかり固まっていること」だそうです。噺の筋が頭に入っているだけではなく、

 

どのような情景の中で物語が進み、登場人物はどんなキャラクターで、どういう気持ちで台詞をはいているか。それらがお客さんに最も伝わるにはどういった演出がベストか。そこまで構築できてはじめて、「いつでも」高座で披露できると言えるのです。

(中略)この二四本には共通点として、「お客さんにウケた」という実感があります。(p.16)

 

自分で納得できているので高座にかける回数も増え、数をこなすことで磨き上げられるそうです。このグループには、「天狗裁き」「長短」「明烏」「片棒」などを選んでいます。

 

確かに、落語は聞き手だけでなく、演者にも情景が脳裏に浮かんでいるものです。また、演じる際は、「このご隠居、本当に迷惑に思っているんだろうな」など、登場人物の気持ちも考えたりします。

 

また、花緑師が選んだこれらのネタには、場面が映像になって脳裏に浮かぶだけでなく、ネタの中の一行、一語に刻み込んだ情報があると言います。

 

噺の中のひとつひとつの台詞が、太い記憶となって立体的に刻まれているからこそ、噺をしているときに瞬時に思い出されるわけです。

噺を忘れずにいられるのは、そんなところに理由があるのです。(p.43)

 

 落語の暗記は大変ですが、歴史の年表や英単語を暗記するような無味乾燥なものではなく、情景が浮かんだり、登場人物の気持ちを考えながら覚えるので、楽しさがあるのです。文字で覚えるのではなく、映像で覚えるような感覚です。

 

いま稽古している「夢の酒」という噺は15分くらいですが、文字数にして6,200字ありました。400字詰め原稿用紙で15枚半程度。多いといえば、多いでしょう。

 

しかし、情景を思い浮かべ、登場人物の気持ちになったりして覚えると、思いのほか頭にすんなりと入ってくるのです。

 

中高年で記憶力を鍛えたいと思っている方。落語をやってみるのは、お勧めですよ!

 

『落語家はなぜ噺を忘れないのか』

柳家花緑(著)

角川SSC新書

太助セレクト落語:12月のお勧め落語会(1) 柳家三三・春風亭一之輔の二人会など必見!

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2017年12月上旬の、太助お勧めの落語会をピックアップしました。いよいよ年末が近づいてきました。年末は人気の落語家の共演が増える時期です。気になっていたけど、まだ観ていない落語家さんがいたら、この時期は狙い目です!

 

湯島de落語「白酒・文菊ふたり会」

日時:12月4日(月) 開演:18:45

料金:3,300円

出演桃月庵白酒古今亭文菊

場所湯島天神参集殿

問い合せ:090-5785-3369

チケット予約

https://www.aikogiyaman.com/reservation.html

⇒いま上昇気流の白酒、文菊の二人会。新しい古典落語の創造力に期待しています!

 

噺小屋一天四海「龍志・扇遊・鯉昇・正蔵の会」

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日時:12月5日(火) 開演:18:30

料金:3,600円

出演:立川龍志、入船亭扇遊、瀧川鯉昇林家正蔵

場所国立演芸場半蔵門

問い合せ:03-6909-4101

⇒抜群の安定感ある立川龍志、入船亭扇遊、瀧川鯉昇師匠。前回の公演もこのメンバーで、バランスが良く、力を抜いて楽しめました!

 

文蔵・白鳥 文七元結ではない文七元結の会

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日時:12月5日(火) 開演:19:30

料金:3,000円

出演橘家文蔵三遊亭白鳥

場所座・高円寺2

問い合せ:19:30

⇒落語の名作といわれる「文七元結(ぶんしちもっとい)」。新作落語の鬼才・白鳥と文蔵師が、まったく別の文七元結ワールドを作り上げます。

 

極「柳家三三春風亭一之輔二人会」

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日時:12月6日(水) 開演:18:30

料金:3,900円

出演柳家三三春風亭一之輔 ほか

場所:よみうりホール(有楽町)

問い合せ:03-5785-0380

⇒人気・実力ともに落語会のトップを走る柳家三三春風亭一之輔の二人会。落語初心者の方は、この二人を観ておけば間違いありません。

 

立川生志落語会「ひとりブタじゃん」

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日時:12月6日(水) 開演:19:00

料金:3,100円

出演:立川生志

場所横浜にぎわい座

問い合せ:045-231-2515

⇒真打昇進まで20年かかったという苦労人・立川生志師匠。しかし、苦労した分、その芸は磨かれていて確かです。まくらも楽しい生志ワールドに触れてみてください。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。

立川談志:素人が近づくこともできない高き独立峰

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。立川談志追悼興行の情報を調べていたら、恐れ多くも、談志について書きたくなりました。

 

これまで、立川談志ほど、さまざまに評論された落語家はいないでしょう。評論家やお弟子さんによる書籍は、数多く刊行されています。談志自身も、落語論を何冊も書き上げています。

 

また、賛否や好き嫌いが、これほど分かれる落語家も珍しいと思います。「天才」と呼ばれながらも「傲慢」と評され、落語をこよなく愛しながらも「異端」「非常識」と言われました。

 

今回、太助は、「アマチュア落語家が立川談志を、お手本にまねができるか」という観点から考えてみたいと思います。

 

私たちは、落語の稽古をするとき、プロの落語家さんの音源を探してきて、それをまねして噺を覚えます。口調も最初は、できる限り似せるように指導されます。こうすることで、プロの持っているリズムの勉強になるからです。

 

落語を勉強するお手本として人気があるのは、何と言っても名人・古今亭志ん朝です。テンポが良くて、聞きやすく、明るく、楽しい。まさに落語の教科書、お手本としてはピッタリ。「あんな調子で、一度でいいから話せたらなあ」と誰もが憧れます(実際にやってみると、まったくできないのですが)。

 

しかし、同じ名人でも立川談志の名を挙げる人はいません。なぜでしょう? 

 

それは、素人には、ちょっと真似ができないからなのです。

 

談志のテンポやリズムにある「心地よくない」部分

 

素人に真似ができない理由として、以下のようなことが考えられます。

 

マクラやギャグに談志個人をネタにしたものが多い

談志は、自分にしかできない独自の落語を追及していく過程で、マクラやギャグに談志個人の体験、考え方を大量に入れるようになります。噺の途中で、自分の落語論を語り始めることさえあります。

 

落語のストーリーや落ち、人物像を独自に変えてしまっている

落語のストーリーや落ちが、現代では分かりづらい部分は変えてしまいます。また、登場人物の言動も独自の解釈で、大胆に変えてしまうことがあります。

 

同じ噺でも、談志の年齢によって演じ方が異なる

談志が演じた年代によって、同じ噺でも、内容から話し方まで、大きく異なる場合があります。年齢を重ねたり、演じ続ける過程で、解釈や考え方が変わるのでしょう。以前の自分の型を壊して、全く違うものを作っていきます。

 

噺のリズムが、きわめて個性的

柳家小三治師匠が、談志を天才と認めつつも「(二つ目の)小ゑんの頃が良かった」と語っています。30代前半までの談志はテンポが良くて、聞きやすい、いわゆる古典落語の名手でした。しかし談志は、その後、いわゆる「聞きやすさ」を放棄します。スタンダードなジャズから、フリージャズに移行したような感じでしょうか。

 

後年の談志のテンポやリズムには、ある意味、「心地よくない」部分が存在します。噺の途中で、突然、リズムを切って「自分語り」や「落語論」を始めるなどもそうです。気持ちよく聞いているリズムを、意図的に変えたりもします。

 

演劇には「異化効果」という手法があります。演劇の空間に、意図的に違和感のあるものを差し込み、異なる強い印象を与える手法です。日本では蜷川幸雄が、この異化効果をよく用いていました。時代劇のような衣装やセットで作られている空間に、渋谷の繁華街の光景をサッと入れたりします。

 

写真の世界でもそうです。美しい写真を撮ることのできるアマチュアは大勢います。しかし、美しいだけの写真というのは、さほど印象に残らないものです。プロのカメラマンは、美しい風景に、あえて汚れたものを入れ込んだりします。整然とした高層ビル群の光景に、あえて踏みつぶされたビール缶を混ぜ込んだりするのです。

 

談志の噺で「心地よくない」部分に出合うと、この異化効果を思い出します。

 

創り、壊し、再構築し、また壊す

 

落語家さんは、師匠に噺を学び、その型を踏襲し、自分のスタイルを作り上げ、作り上げたスタイルを長年かけて磨き上げていきます。

 

しかし、談志は、このようなかたちでの進化を拒否しました。例えば、得意な噺も、師匠である柳家小さんと「内容が同じ」であることに嫌気がさして演じなくなったものもあるそうです。

 

立川談志という人は、自分の落語のスタイルを創りあげ、それを壊して再構築し、また壊す、という苦闘を続けた落語家です。結果として、誰にも真似のできない『立川談志』を創りあげたのでしょう。

 

その姿勢は、ピカソにも通じるものがあると太助は思います。ピカソも、昨日の自分を今日には否定するかのように、自分のスタイルを変革し続けました。

 

だから、素人がまねをしようとしても、到底、無理なのです。それは、素人が足を踏み入れることもできない高い、高い独立峰なのですから。

 

ぜひ一度、立川談志をしっかりと聞いてみてください。

 

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落語で、男が「いい女」を演じることの難しさ

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こんにちは、太助です。いま太助は「夢の酒」という落語の稽古に励んでいます。

 

「夢の酒」は、うたた寝をしている若旦那を、妻のお花が起こすシーンから始まります。

 

「もう少しだったのに」と、起こされて機嫌が悪い若旦那。その理由を尋ねると、夢を見ていたのだという。夢の中で若旦那は、突然の雨に降られて、軒の深く出ている家で雨宿りをしている。すると、その家の女中さんが若旦那を知っていて、奥さんに声をかける。「あなたがいつも噂をしている、大黒屋の若旦那がいらっしゃいましたよ~」。出てきたのは、飛び切りの美人。嬉しそうに夢の話しをする若旦那と対照的に、妻のお花は、どんどん不機嫌になっていく……。

 

落語の世界で、「いい女」を追いかける男たちの情熱と行動力は、本当にすごいものがあります。想像や夢の中で、いい女に出会う噺としては、この「夢の酒」や「湯屋番」などがあります。

 

果たして、おじさんが「いい女」を演じられるのか?

 

さて問題は、この「いい女」を太助が演じなければならない、ということです。夢の酒で、この奥さんは、年の頃は25~26歳、中肉中背、色白で、目元に愛嬌のある美人と描かれます。こんな若旦那のセリフも出てきます。「ああいうのが、本当の美人っていうんだろうね」。……本当の美人ですよ。この夢の女以外にも、妻のお花、女中さんと3人も女性が登場します。

 

このような落語を演ずるのは、上品で清潔感があり、ほっそりしていて、少し色気のある「いい男」が最適でしょう。所作(しょさ:振る舞いやしぐさ)も、女性のように繊細な振る舞いができる落語家さん。加えて、声も高音が出せないと、女性3人の演じ分けが難しい噺です。

 

現役の落語家さんでは、柳家三三入船亭扇辰立川談修古今亭菊之丞、(やせていた頃の)春風亭小朝師匠などがピッタリきます。私の好きな入船亭扇遊師匠も手掛けています。

 

意識的に動作するからこそ、美しい所作が生まれる

 

男が女性を演じる芸能は、落語以外にも歌舞伎や大衆演劇などがあります。テレビでおなじみの梅沢富美男さんは、女役をとても魅力的に演じることで有名です。

 

男性が女性を演じるメリットの1つは、「意識的に動作しなければならない」ことでしょう。女性が無意識にしている動作や話し方を、観察し、細かく真似る必要があります。意識的に動作するからこそ、上手な方は、指先や背筋にまで神経が行き届き、美しい所作が生まれるのだと思います。

 

では、女性の落語家さんが、この噺をやれば良いかというと、そうでもありません。女性では逆に、色っぽさが生々しくなってしまうのです。

 

品のある男性が醸し出す(かもしだす)色気が、自然に感じられる程度がちょうど良いと思います。この色気が変に強調されると、「下品なオネエ」のようになってしまいますし、実に難しいところです。

 

では「なぜ、太っていて、色気もないお前が、この噺をやるのか?」と突っ込まれそうです。「夢の酒」の後半には、若旦那の父親が登場します。この親父さん、三度の食事よりも酒が好きという呑兵衛。お酒大好きの太助は、この親父さんがつぶやく「落ち」を、ぜひ一度、演じてみたいのです。「いい女」の部分は勘弁してやってください……。

 

こちらは「夢の酒」を練り上げて、完成させた名人、八代目・桂文楽の高座です。晩年の高座ですが、妻のお花の可愛らしいこと。本物をお楽しみください。

 

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落語の「ちょいと一杯ひっかける」は、酒飲みにとても便利な言葉

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。太助は、はっきり言って酒好きです。ちなみに落語教室に来る中高年のおじさんは、ほぼ間違いなく酒好きです(笑)。いま「夢の酒」という落語を稽古しています。これは男の願望が、夢の世界に現れるような噺ですが、「落ち」のひと言は、まさに酒飲みならではのつぶやき。もう、たまりません。

 

酒呑噺が上手な落語家さんを聴くと、本当に飲みたくなる

 

男の道楽は昔から「飲む・打つ・買う」、つまり「酒、博打、女」と言われます。落語には、酒を題材にした噺(はなし)がたくさんあり、酒呑噺(さけのみばなし)という一大ジャンルを作っています。

 

落語家さんは、それぞれ得意なジャンルを持っていますが、酒呑噺を得意とする方もいらっしゃいます。私は酒飲みなので、酒を飲む仕草には厳しいのですが、先代の柳家小さん師の酒呑噺はまさに絶品でした。「んぐ、んぐ、んぐ」と喉を鳴らして飲み、飲み終わると、スッ~と顔色が赤らみます。あれは本当に不思議でした。

 

酒呑噺が上手な落語家さんの一席を聴くと、お酒が飲みたくなります。芸の力というのは凄いな、と思います。

 

最近の若手の落語家さんには、酒呑噺のうまい人があまりいない、という印象があります。今の若い人は日本酒よりも、ビールやサワー、ハイボールなど炭酸系のアルコールを主に飲むようになったことが原因かもしれません。サワーやビールは、ジョッキのような大き目のグラスを、グイっと持ち上げるようにして飲みます。日本酒は小ぶりのグラスやおちょこで、口を近づけるようにして飲みます。この辺りが、仕草のリアリティに差を生むのではないかと考えています。

 

日本酒のおいしい季節になりました。酒がうまくなる酒呑噺を紹介します。

 

猫の災難

 

文無しの熊さん、隣りのおかみさんから、鯛の頭と尻尾だけをもらう。猫の病気見舞いに貰ったもので、身を食べさせた残りもの。ここに訪ねてきたのが兄貴分。真中にすり鉢がかぶせてある鯛を見て、「いい魚がある」と勘違いして、酒を買いに行ってしまった。困った熊は、酒を買って戻ってきた兄貴分に「猫が身だけ、持って行ってしまった」と嘘をつく。どうしても鯛が食べたくなった兄貴分は、今度は魚屋へ。その間に、酒の味見を始めた熊だが、飲みだすと止まらない。とうとう、買ってきた酒を飲みきってしまった熊は、また猫のせいに……。

 

親子酒

 

大酒飲みの親子が、「これではいけない」と禁酒の誓いを立てる。ところが父親は、息子の留守に「内緒で一本だけ」と飲むうちに、一本が二本、三本となり、ベロンベロンに。そこへ息子が帰って来たので、必死で酔っていない振りをする。実は息子のほうも出先で酒を勧められ、ひどく酔っぱらっている。酔っ払い親子の会話が楽しい噺です。

 

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替り目(かわりめ)

 

ベロベロに酔っぱらって帰って来た亭主。自分の家の前で車屋を拾ったりと大変な酩酊状態。そんなありさまにもかかわらず、女房に寝酒を出せ、ツマミを買ってこいと、わがまま放題。仕方なく、女房がおでんを買いに出かけると、亭主はそっとつぶやく。「出てけ、お多福!って言ってるけど、本当は感謝しているよ。いつもこんな酔っ払いの面倒をみてくれて、本当に有難うございますって、いつだって拝んでるんだから……」。実生活でも大変な呑兵衛で、貧乏暮らしを続けた古今亭志ん生の代表作の1つです。

 

この他にも、「居酒屋」「一人酒盛(ひとりさかもり)」「試し酒」「夢の酒」「寄合酒」など、酒をテーマにした噺はたくさんあります。

 

落語には、「ちょいと一杯ひっかける」というセリフが、よく登場します。太助はこの言葉が大好きです。仕事が終わったあとのスイッチオフに、何かやる前の景気づけに、うまいサカナが手に入ったタイミングでと、いつでも使える便利な言葉。ほんの少量を、短時間で、お金をかけずに「ひっかける」。日本の居酒屋文化を育んだ言葉ではないかと、ひそかに思っています。

お勧めの落語家:柳家三三~心地良いリズムで落語の世界へ誘う

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。先日、ある落語会に行きました。登場した落語家さんは、落語に「客いじり」や「くすぐり」を数多く入れてくるタイプの方でした。

 

客いじりとは、落語の途中で「そこのおばちゃん、笑ってるけど、あなたのことだよ!」のように、観客を使って笑わせようとする手法です。「くすぐり」も、笑いを取るために入れるギャグのようなものです。近頃は、落語の時代設定に関係なく、現代の固有名詞や風俗を入れるのが流行です。江戸時代の噺(はなし)なのに、「お前は、小池百合子か!」と入れたりします。

 

その落語会は爆笑の連続で、大変に盛り上がっていました。「とにかく笑いたいから、落語に行く」という方も多いですし、そのような方には満足できる会だったと思います。

 

その帰り道。太助の脳裏に、ある想いが、ふと浮かんだのです。

 

「ああ、柳家三三が聴きたいなぁ~」

 

リズムの安定感と心地よさが、落語の世界に誘ってくれる

 

三三と書いて「さんざ」です。以前は、マクラで「三三と書いて『さんざ』と読みますが、『みみちゃん』と覚えてくだされば結構です」と笑わせていました。しかし今は、著名な人気落語家となり、そのようなマクラは不要となりました。

 

柳家三三師匠の魅力は、何と言っても、落語のリズムの心地よさです。

 

落語はリズムとメロディーが大変に重要です。これによって、落語家の巧拙(こうせつ)が決まると言っても過言ではありません。音楽と非常によく似ているのですが、乱れることのない安定したリズムが刻まれることが、ベースとなります。

 

下手な素人バンドの演奏を思い浮かべてみてください。まずリズムが安定していません。早くなってしまったり、途切れてしまったりで乱れます。リズムが安定していないと、聴衆は心地よく聞くことができません。

 

落語も同じです。噺の途中でセリフを言い間違えたり、一瞬でも途切れたりすると、このリズムは壊れてしまします。噺家さんは各自のテンポで語りますが、名人・上手と呼ばれる人ほど、このリズムが安定していて心地よいのです。

 

現在、活躍している落語家さんの中で、この「リズムの安定感、心地よさ」で群を抜いているのは、間違いなく柳家三三師匠でしょう。

 

その印象は、例えば和太鼓の演奏で、「トン・トン・トン・トン」と刻まれるリズムのようです。心地よいだけでなく、古典落語の世界にとても合っています。

 

江戸の世界が、聞いている人の脳裏に広がっていく

 

三三師匠のもうひとつの魅力は、語りの聞きやすさです。テンポを重視しすぎるあまり、セリフがはっきりと聞き取れない落語家さんも多いのですが、三三師匠は、口調がはっきりとしていて、ひと言、ひと言が明瞭に聞き取れます。これは聴衆にとって、大変にありがたいことです。職人であろうが、小僧であろうが、登場人物にかかわりなく、すべてのセリフが実に明瞭です。

 

三三師匠は、高座ではニコリともしません。噺の途中で、客いじりや不必要なくすぐりも入れません。落語の世界を、心地よいリズムと語り口で展開していってくれます。

 

師匠である柳家小三治が言うところの「ギャグで笑わせるのではなく、落語本来の持っている面白さを引き出す」ことに、専心しているのでしょう。

 

落語を見たことがない初心者に、太助がまずお勧めする落語家は、柳家三三師匠です。長い噺でも、短い噺でも大丈夫。落語の世界に、心地よく入っていけるはずです。間違いありません。

 

柳家三三(やなぎや・さんざ)

1993年3月     柳家小三治に入門

 

受賞歴

北とぴあ若手落語競演会大賞

平成15年度 にっかん飛切落語会若手落語家大賞

平成16年度 花形演芸大賞銀賞

平成19年度 文化庁芸術祭新人賞

平成27年度(第66回)芸術選奨 文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)

 

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落語家は、メガネをかけてはいけないの? 

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。太助は日常的にメガネをかけています。ひどい近眼で、メガネとは長い、長い付き合い。メガネがないと日常生活はまったく営めません。

 

落語でも、メガネをかけたまま高座に上がっています。メガネを外すと不便ですし、客席の様子を見られないのは、とても残念なのです。「あの人は面白そうに笑ってくれている」とか、「あの人は退屈して、眠ってしまいそうだ」など、お客様の様子を見ながら話すのは、とても楽しいのです。

 

「メガネをかけて高座に上がって、いいのかな?」と、少し気になったことはあります。しかし、春風亭昇太師匠など、メガネをかけているプロの落語家さんもいますし、あまり深くは考えていませんでした。

 

しかし、先日、「千両みかん」という落語を稽古しているとき、指導していただいた師匠に「メガネを外したほうがよいのでは?」と指摘されました。

 

落語家がメガネをかけない、その理由は?

 

古典落語では時代設定の雰囲気を大切にするため、メガネ・腕時計・ピアスなどは極力付けないようにする」と教えていただきました。

 

聴衆の脳裏に、江戸時代の「時間」と「空気」を作り出すため、邪魔になるものは、できる限り除くわけですね。そういえば、メガネをかけて高座にあがる落語家さんは、ほとんど新作落語の方ばかりです(私の好きだった橘屋円蔵は例外のようです)。「新作の闘将」といわれる三遊亭円丈師も古典落語を語るときは、メガネを外します。

 

というわけで「千両みかん」の発表会では、メガネを外して初めて高座に上がったのですが、とても違和感があったのです。自分の顔に……。

 

外して気付いたのですが、メガネは顔の中で、とても大きな存在感があります。特に最近のメガネは、フレームのデザイン性に優れ、カラーのバリエーションも豊かです。

 

周囲の人間より、自分自身が、メガネをかけた顔にいちばん馴染みがあります。このため、外すと、大きな違和感を覚えるのでしょう。

 

また、メガネは七難を隠すではありませんが、確実に「老化現象」を隠してくれます。ご存知のように、目の周囲は、シワ、たるみ、クマ、シミなどが目立つ部分です。フレームの太いメガネは、これらを隠してくれます。メガネのレンズやフレームは硬質で光沢があるため、老化した肌のアクセントにもなります。

 

さらに太助の場合は髪がないため、メガネをかけないと、頭のてっぺんからアゴまでが、1つの大きな卵のようになってしまいます。メガネがあるからこそ、2分割され、丁度よいバランスを保っている気がするのです。

 

こんなことは今まで考えたこともなかったのですが、これも人前で高座に上がるという効用でしょう。

 

なぜシワを取り、メガネをかけ続けるのか

 

そういえば、中高年の芸能人が手術でシワを取り、ツルツルの顔になってテレビに登場し、びっくりすることがあります。あれは、耳の後ろを切開して顔の皮膚を引っ張り、シワを取るのだそうです。人によっては、頭蓋骨の輪郭が浮き出て、かえって不気味になってしまっている芸能人もいます。若々しくなったというより、痛々しさを感じることさえあります。

 

正直言って、高齢の芸能人にシワがあろうが、なかろうが、視聴者はほとんど気にも留めていないでしょう。若くて、きれいな人に目がいっているはずです。

 

ましてや素人の太助が、メガネをかけていようが、かけていまいが、誰も気にしていないし、気付いてさえいないはず。

 

それでも、なぜシワを取り、メガネをかけ、老化を隠そうとするのでしょうか?

 

それは、他人の目というより、自分の意識がそうさせるのでしょう。高座に上がることになったり、久しぶりにテレビに出ることになり、鏡を見て、自分にとって、どうしても許せない「何か」を見つけてしまったのでしょう。自意識のなせる業(わざ)なのです。

 

太助と芸能人を同列で考えること自体、失礼な話しですが、メガネをとった自分の写真を見て、そのような感想がわきました。

 

古典の世界観を守るか、老化を隠すか。とりあえず、しばらくはメガネを外して、高座に上がるつもりです(笑)。

太助セレクト落語 見逃したくない!11月のお勧め落語会(3)

こんにちは、太助です。2017年11月下旬の、太助お勧めの落語会をピックアップしました。ぜひ、参考にしてください! 年末、年始にかけて、落語会も活発に開催されます。人気のある演者が出演する落語会は、発売日に即完売なんてことも、よくあります。本当に、落語ブームなんですね。

 

《噺小屋in池袋》霜月の独り看板 第三夜 立川龍志「子別れ」通し

日時:11月20日(月) 開演:19:00

料金:3,600円

出演:立川龍志

場所東京芸術劇場シアターウェスト(池袋)

問い合せ:03-6909-4101

⇒軽妙ながら、噺の中へとすっと誘う、立川流きってのテクニシャン。CD「私家版 立川龍志」発売記念も兼ねての独演会。「子別れ」の通しをタップリ聞けますよ。

 

桂雀々芸歴40周年「桂はつらいよ 雀々奮闘篇」

 

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日時:11月21日(火) 開演:19:00

料金:3,500円

出演桂雀々桂春蝶桂宮治桂三四郎、鏡味味千代

場所:成城ホール

問い合せ:03-3482-1313

⇒このチラシを見たとき、桂宮治さんが、あまりにタコ社長に似ているので、吹きました。

 

COREDO落語会 昼の部

日時:11月25日(土) 開演:13:30

料金:5,000円

出演立川志らく三遊亭小遊三桃月庵白酒春風亭一之輔

場所日本橋三井ホール三越前

問い合せ:03-6263-0663

⇒人気落語家が一堂に会する日本橋三井ホールで開催される落語会。購入はお早めに!

 

成金で落語に王手!

日時:11月23日(木・祝) 開演:17:00

料金:2,000円

出演柳亭小痴楽、瀧川鯉八、春風亭昇々、神田松之丞

場所:成城ホール

問い合せ:03-3482-1313

⇒「成金」は、落語芸術協会二ツ目11人で編成された、噺家10人と講釈師1人のユニット。上昇気流に乗りつつある4人の元気な高座をぜひ! 金に成れるかな!?

 

秋の花街・浅草 日本の芸を楽しむ

日時:11月26日(日) 開演:13:00/16:30

料金:4,500円

出演

一部

お座敷踊り・芸者遊び 浅草芸者衆

幇間

 二部

講談 神田松之丞

落語 入船亭扇辰

場所:浅草見番

問い合せ:03-3270-4689

⇒浅草見番は、芸者衆と料亭の組合の稽古場です。この見番で行われるイベントは2部構成。一部は浅草芸妓連の踊りと幇間(ほうかん)のコミカルなお座敷芸。二部は入船亭扇辰師の落語と神田松之丞の講談です。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。

噺家の魂が震えた名人芸の第1位は!? なんと!

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。噺家の魂が震えた名人芸落語案内』(著者・噺家三十人衆、解説・六代目三遊亭円楽)という本を読みました。これは、円楽師がプロデュースする落語祭の出演者・30名に「自分が一番好きな落語」についてアンケートをとり、選ばれた落語について解説したものです。

 

アンケートに回答している落語家は、瀧川鯉昇桂雀々五街道雲助三遊亭兼好林家たい平立川談笑柳家花緑春風亭一之輔など、団体、東西、年齢を問わないメンバーで構成されています。

 

噺家の魂が震えた名人芸の第1位は!?

 

アンケートの集計結果のベスト3は、以下の落語でした。

 

1位:らくだ笑福亭松鶴金原亭馬生 ほか)

2位:鼠穴立川談志三遊亭圓生

3位:猫の災難、百年目(同数票)

 

以下、「火焔太鼓」「掛取り」「笠碁」「金明竹」「芝浜」「中村仲蔵」「野晒し」「花見の仇討」など、52演目が選ばれています。

 

1位が「らくだ」という結果には、驚きました。というのは、「らくだ」は、とても陰鬱で、はっきり言って楽しくない落語だからです。

 

(あらすじ)町内で嫌われている乱暴者・通称「らくだ」が、フグにあたって死んだ。たまたま尋ねた兄貴分が、死骸を前に葬式をどうするか困っていると、そこへ屑屋が通りかかる。呼び止められた屑屋は、こわもての兄貴分に脅かされながら、長屋の住人から、香典や酒、棺桶代わりの樽などを集め回るはめに。酒を出し渋る大家には、らくだの死骸を担いでいき、死体で「かんかんのう」という踊りを見せつけるなど、とんでもない脅し方で集めていく。

 

こうして香典や酒を揃えた屑屋は、兄貴分から酒を勧められ、渋々飲み始めるが、酔うほどに人格が変わっていく。しだいに形勢が逆転し、兄貴分に命令するほどに。二人は、らくだの頭を剃り、樽に詰め、担いで焼き場に向かうのだが、途中で樽の底が抜け、死骸を落としてしまう……。

 

自分の人生で出会った、良い演者の良い高座の記憶

 

解説をしている円楽師も、1位「らくだ」という結果には首をひねったようで、こう分析しています。

 

その演者のその噺を聞いた噺家が、ちょうど行き会った、そのタイミングが重要だと思います。(中略)演者がその全人生の中で、良い演者の良い高座に当たったとしか、分析のしようがない。(p.24)

 

落語家は、持ちネタを演じていても、出来のいいときもあれば、悪いときもある。その出来が最高レベルの瞬間に立ち会えた記憶が、「自分の人生で、行き会った名演」として印象に残っているのではないか、と語っています。なるほど……。

 

アンケートには、「この師匠の、この噺を聞いて、落語家になる決心をした」という回答もあります。落語家さんには、人生を決定づける噺があるのですね。

 

円楽師は、それ以外にも、選ばれた噺を、自分がいつか「演りたい噺」、「演者の個性の魅力」などに分類しています。「らくだ」のような暗くて長い噺も、逆に、いつか演じてみたいと思う落語家さんが多いのかもしれません。

 

三十人の落語家さんのアンケートを読んでいると、「なるほど、この人は、ここが原点なのか」とか「この落語家さんに傾倒していたのか」など、色々な発見がありました。そういう点では、とても興味深い本でした。

 

しかし、円楽師の自慢、自画自賛の多いこと、多いこと。「自分はこの師匠に可愛がられていた」「この落語のサゲ(落ち)は、自分はこんな風に工夫して変えている」「この噺は、(選ばれた師匠より)自分の師匠のほうがいい」「この噺は、誰それに教えてあげた」……。自分で自分の噺を選んでいるのも、この師匠だけ。

 

「(サゲを工夫して、変えて、カッコよくなったけれど)誰も教えてくれとは言わない……」(p.34)。きっと、「あのサゲは俺が教えてやったと」と、一生言われるからじゃないでしょうか(笑)。

 

噺家の魂が震えた名人芸落語案内』

著者・噺家三十人衆、解説・六代目三遊亭円楽

竹書房新書

 

(関連記事)

osamuya-tasuke.hatenablog.com

 

江戸という都市が持っていた、とてつもないエネルギーと欲望について

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。『江戸の経済事件簿』(赤坂治績・著)という本を読んでいたら興味深い記述があったので紹介します。

 

江戸時代の初期、農業の生産性の向上に合わせて、百姓の経済力が高まりました。必然的に消費も増加したため、商人・職人も潤って大商人も生まれました。また、この当時、豪商の妻女たちによる衣装比べが大流行しました。

 

将軍と衣装比べをした豪商の妻

 

江戸の大商人・石川六兵衛の妻は、江戸には衣装比べで自分に勝る女はいないと考え、文化の先進地である京に向かいます。「京の着倒れ」といわれるほど、京の人は着道楽。受けて立ったのは、京の豪商・那波屋十右衛門の女房。この勝負は、黒羽二重(はぶたえ)に南天の立木を染め付けた着物の石川の女房の「勝ち」となりました。着物の南天の実が、すべて珊瑚の珠(たま)が縫い付けてある豪華なものだったからです。

 

この勝利を収めた石川の女房、次なる勝負の相手と定めたのが、なんと将軍・徳川綱吉。こうなると、もう意味が分からない……。

 

これに綱吉は「身分をわきまえず、不埒(ふらち)千万」と激怒。結果、石川六兵衛夫妻は全財産没収されたうえ、江戸十里四方から追放となるのです(1681年)。

 

規制されても、禁止されてもオシャレを求める江戸庶民

 

江戸幕府は、この事件以前よりたびたび奢侈(贅沢)禁止令を出し、着物の材料や色などを規制していたそうです。

 

しかし、庶民はしたたかで、おとなしく幕府の命令に従っていなかった。華美を禁じる法令の抜け道を探し出し、それに抵触しない染色法を工夫したのである。 「江戸の経済事件簿」p.121

 

そこまでしても、派手で、豪華で、オシャレな着物を着たかったのです。江戸という都市がまだ新しく、庶民の経済力もどんどん上がり、そこにはすさまじいエネルギーが渦巻いていたのだと思います

 

ニューヨーク、東京、上海。都市の持つエネルギーを見に行く

 

この本を読んでいて、思い出したことがあります。私は20代のときに、追及したいテーマを持っていました。それは「都市は独自のエネルギーを持っている。世界中の都市のエネルギーを、自分の目で確かめに行く」というものでした。もう30年くらい前の話しですが(笑)。

 

いろいろな都市をまわっていたのですが、太助が当時、いちばん好きだった都市はニューヨークです。ミュージカルが好きだったこともあり、ニューヨークのブロードウェイやオフ・ブロードウェイで観劇するのが大きな楽しみでした。

 

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ニューヨーク・マンハッタン(イメージ写真)

 

ニューヨークには何回か行ったのですが、そこは、しだいに退屈な、エネルギーが感じられない都市に変わっていきました。たくさん居たホームレスが追い払われ、街がきれいになるのと反比例するかのように、退屈なボンヤリしたような都市になっていきました。

 

ニューヨークの魅力は、清濁併せ持つ混沌とした空気でした。ブロードウェイのきらびやかな劇場のすぐ先には、小汚いアダルト映画館が並んでいます。流行のファッションに身を包んだニューヨーカーの隣には、ホームレスがへたり込んでいます。輝くようなブランドショップが並ぶ通りに、小便臭い廃墟が灰色の口を開けています。華やかさと危険と退廃が隣りあう、ドキドキするような街でした。

 

しかし、浄化され、成熟し、しだいにくたびれた退屈な街に変貌していきました。東京も同じような過程をたどりました。

 

上海で見た、すさまじい都市のエネルギー

 

その頃、中国の上海にも足を運びました。今ではファッショナブルな観光地になっている南京東路も、古臭く汚い店が立ち並ぶ大きな商店街のようなものでした。たくさん店舗が並んでいますが、よく見ると物の数も種類も極めて少ないのです。規制もあったでしょうし、物自体が不足していたのだと思います。

 

ただ、集まっている人の数と、その人たちの放出するすさまじいエネルギーには、本当に圧倒されました。中国全土から観光客が集まっているのでしょう。みんな目をギラギラさせながら、同じ道を行ったり、来たりしています。

 

すごい勢いで、グルグルと歩き回る人たちを見ていて、私はなぜか『ちびくろ・さんぼ』という童話の1シーンを思い浮かべました。虎たちが互いの尾をくわえ、木の周りをグルグル回っているとバターになってしまうという、あのシーンです。

 

上海に集まった人たちは、すさまじいエネルギーでグルグルと巡り、何か全く別のものになってしまいそうでした。その時、太助は感じたのです。

 

「ニューヨークや東京は終わり、中国の時代が来るだろう」と。

 

初期の江戸には、すさまじいエネルギーと欲望が渦巻いて、あふれ出していたのだと思います。金に、物に。こうしたエネルギーを背景に、歌舞伎や落語の傑作が生まれていきます。落語の登場人物たちは、欲望、丸出しです。酒に博打、女、金。そして治世者である武士に対しても、「何するものぞ」という心意気があります。

 

将軍に衣装比べを仕掛けた豪商の女房も、抑えようのないエネルギーと反抗心を持っていたのかもしれません。

 

江戸という都市の持っていたエネルギーを考えさせてくれる1冊でした。

 

『江戸の経済事件簿 地獄の沙汰も金次第』

赤坂治績・著

集英社新書