落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・おさむ家太助が、落語の魅力を考えます。

人生やビジネスに「運」ってあるのだろうか?

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。いま「宿屋の富」という落語を稽古しています。

 

文無しの貧乏人が、馬喰町(ばくろうちょう)のさびれた宿にやってくる。この男、家には奉公人が数百人いて、大名や商人に数万両貸していると大ぼらを吹きまくる。人のいい主人は、それをすっかり信じ込み、「自分のところは宿だけではやっていけないので、富くじを売っているが、一枚買ってくれないか」と頼み込む。結局、ほら吹き男は、なけなしの金で富札を買うことになり、一等の千両が当たったら主人に半分分けてやるという約束までしてしまう。ところが、一文無しになってしまった男が、富くじの発表を見ていると、なんと一等が当たってしまう……。

 

この噺の中で、男が富くじを見て「こんなもので千両が、本当に当たるのかね?」と疑問を投げると、宿の主人が「旦那のようにご運のよろしい方は、金(かね)が金を呼ぶと申しまして、必ず当たると申します」と慌てて答えるシーンがあります。結局、この男は千両当たったのですから、運がよかったということになるのでしょう。

 

私たちは日常生活で、ごく普通に、「運がいい」「運が悪い」あるいは「運が強い」という言葉を使います。この運って、いったい何でしょうか? もし運があるなら、それは自分でコントロールできるものなのでしょうか?

 

ビジネスの世界に、運ってあるのだろうか?

 

太助は大学院でビジネスを教えているのですが、この授業で毎年、生徒全員に以下の質問をします。

 

ビジネスの世界で時々、「あの経営者は、運が良かったんだ」「あの会社は運が悪かった」など、運という言葉を使うことがある。あなたはビジネスに運は存在すると思うか? もし運があるならば、それは自分でコントロールできるものか?

 

社会人や留学生を含む全員は、必ずと言ってよいほど「運はある」と答えます。ただし、コントロールできるかどうかについては、回答はさまざまです。「できない」という人もいれば、「情報に鋭敏になることで、リスク回避をするなど、ある程度のコントロールはできるようになる」という人もいます。

 

このテーマについては、私も長い間、考えていました。ビジネスが運で左右され、それが自分でコントロールできないとすれば、日々の努力やビジネスについて学ぶことに、意味があるのだろうか、と。

 

運ではなくて、縁があるという考え方

 

ところがある時、その疑問が、私の中で解消したのです。

 

知人に誘われたビアパーティーで、私の隣に座っていたのが仏教大学の総長で、いろいろと話しをしていました。その席で、「ビジネスに運は存在するのか?」という疑問について、尋ねてみたのです。

 

するとその方は、静かにこうおっしゃいました。

 

仏教では運という考え方ではなく、縁というもので考えます。『運がいい、運が悪い』ではなく、良い縁・悪い縁という考え方をするのです

 

そのとき私の中で、ストンと腑に落ちたのです。

 

運はあるかどうか分からないが、良い縁、悪い縁というものは、確かにある。

 

悪いことを考えている人間の周りには、同じように悪いことを考える人間が集まってきます。楽しいことをやろうとしている人の周りには、同じような人間が集まります。やる気のある人のもとには、やる気のある人たちが集まり、2倍、3倍のパワーが生まれます。ビジネスで成功している人や会社は、ある出会いや縁によってジャンプアップするケースが、とても多いのです。

 

私は現在、このように考えています。ビジネスに運があるかどうかは、よく分からない。しかし、人生やビジネスには縁が存在する。そして、その縁は自分しだいで良い縁、悪い縁を作り出していける、と。

 

みなさんは、どう思いますか? 人生やビジネスに運があると思いますか?

 

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