江戸という都市が持っていた、とてつもないエネルギーと欲望について
こんにちは、アマチュア落語家の太助です。『江戸の経済事件簿』(赤坂治績・著)という本を読んでいたら興味深い記述があったので紹介します。
江戸時代の初期、農業の生産性の向上に合わせて、百姓の経済力が高まりました。必然的に消費も増加したため、商人・職人も潤って大商人も生まれました。また、この当時、豪商の妻女たちによる衣装比べが大流行しました。
将軍と衣装比べをした豪商の妻
江戸の大商人・石川六兵衛の妻は、江戸には衣装比べで自分に勝る女はいないと考え、文化の先進地である京に向かいます。「京の着倒れ」といわれるほど、京の人は着道楽。受けて立ったのは、京の豪商・那波屋十右衛門の女房。この勝負は、黒羽二重(はぶたえ)に南天の立木を染め付けた着物の石川の女房の「勝ち」となりました。着物の南天の実が、すべて珊瑚の珠(たま)が縫い付けてある豪華なものだったからです。
この勝利を収めた石川の女房、次なる勝負の相手と定めたのが、なんと将軍・徳川綱吉。こうなると、もう意味が分からない……。
これに綱吉は「身分をわきまえず、不埒(ふらち)千万」と激怒。結果、石川六兵衛夫妻は全財産没収されたうえ、江戸十里四方から追放となるのです(1681年)。
規制されても、禁止されてもオシャレを求める江戸庶民
江戸幕府は、この事件以前よりたびたび奢侈(贅沢)禁止令を出し、着物の材料や色などを規制していたそうです。
しかし、庶民はしたたかで、おとなしく幕府の命令に従っていなかった。華美を禁じる法令の抜け道を探し出し、それに抵触しない染色法を工夫したのである。 「江戸の経済事件簿」p.121
そこまでしても、派手で、豪華で、オシャレな着物を着たかったのです。江戸という都市がまだ新しく、庶民の経済力もどんどん上がり、そこにはすさまじいエネルギーが渦巻いていたのだと思います。
ニューヨーク、東京、上海。都市の持つエネルギーを見に行く
この本を読んでいて、思い出したことがあります。私は20代のときに、追及したいテーマを持っていました。それは「都市は独自のエネルギーを持っている。世界中の都市のエネルギーを、自分の目で確かめに行く」というものでした。もう30年くらい前の話しですが(笑)。
いろいろな都市をまわっていたのですが、太助が当時、いちばん好きだった都市はニューヨークです。ミュージカルが好きだったこともあり、ニューヨークのブロードウェイやオフ・ブロードウェイで観劇するのが大きな楽しみでした。
ニューヨーク・マンハッタン(イメージ写真)
ニューヨークには何回か行ったのですが、そこは、しだいに退屈な、エネルギーが感じられない都市に変わっていきました。たくさん居たホームレスが追い払われ、街がきれいになるのと反比例するかのように、退屈なボンヤリしたような都市になっていきました。
ニューヨークの魅力は、清濁併せ持つ混沌とした空気でした。ブロードウェイのきらびやかな劇場のすぐ先には、小汚いアダルト映画館が並んでいます。流行のファッションに身を包んだニューヨーカーの隣には、ホームレスがへたり込んでいます。輝くようなブランドショップが並ぶ通りに、小便臭い廃墟が灰色の口を開けています。華やかさと危険と退廃が隣りあう、ドキドキするような街でした。
しかし、浄化され、成熟し、しだいにくたびれた退屈な街に変貌していきました。東京も同じような過程をたどりました。
上海で見た、すさまじい都市のエネルギー
その頃、中国の上海にも足を運びました。今ではファッショナブルな観光地になっている南京東路も、古臭く汚い店が立ち並ぶ大きな商店街のようなものでした。たくさん店舗が並んでいますが、よく見ると物の数も種類も極めて少ないのです。規制もあったでしょうし、物自体が不足していたのだと思います。
ただ、集まっている人の数と、その人たちの放出するすさまじいエネルギーには、本当に圧倒されました。中国全土から観光客が集まっているのでしょう。みんな目をギラギラさせながら、同じ道を行ったり、来たりしています。
すごい勢いで、グルグルと歩き回る人たちを見ていて、私はなぜか『ちびくろ・さんぼ』という童話の1シーンを思い浮かべました。虎たちが互いの尾をくわえ、木の周りをグルグル回っているとバターになってしまうという、あのシーンです。
上海に集まった人たちは、すさまじいエネルギーでグルグルと巡り、何か全く別のものになってしまいそうでした。その時、太助は感じたのです。
「ニューヨークや東京は終わり、中国の時代が来るだろう」と。
初期の江戸には、すさまじいエネルギーと欲望が渦巻いて、あふれ出していたのだと思います。金に、物に。こうしたエネルギーを背景に、歌舞伎や落語の傑作が生まれていきます。落語の登場人物たちは、欲望、丸出しです。酒に博打、女、金。そして治世者である武士に対しても、「何するものぞ」という心意気があります。
将軍に衣装比べを仕掛けた豪商の女房も、抑えようのないエネルギーと反抗心を持っていたのかもしれません。
江戸という都市の持っていたエネルギーを考えさせてくれる1冊でした。
『江戸の経済事件簿 地獄の沙汰も金次第』
赤坂治績・著