落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・太助が、落語の魅力を考えます。

『一発屋芸人列伝』:ブームが去っても、戦い続ける芸人たちへの応援歌

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「プロとアマチュアの違いって何だろう」というテーマで、以前、こんなことを書きました。

 

将棋や囲碁のように、はっきりと勝敗のつく分野は容赦のない厳しい世界ですが、勝てないことで逆にあきらめがつくのかもしれません。落語家や役者は、勝ち負けのはっきりしない世界です。人気という漠然としたものが、才能のバロメーターになります。それは観客という他者の手にゆだねられているのです。

 

芸人の世界では、誰もが一度は人気者になることを夢見るでしょう。しかし、人気者になれる芸人は、ほんのひと握りであり、大半は名前も知られぬままの存在で終わります。

 

中には、学校や居酒屋、ネット上で彼らのギャグが飛び交い、フレーズが流行語になるような大ブレークを果たす者も現れます。しかしほとんどの場合、その流行は長くは続かず、テレビなどのメディアで、その姿を見かけることはなくなります。そのような芸人は、一発屋と呼ばれます。

 

一発屋と呼ばれる芸人たちの栄光と現在

 

一発屋芸人列伝』は、一度は世間に流行を巻き起こしたものの、表舞台から消えていった一発屋たちのその後をたどったノンフィクションです。筆者は、髭男爵というコンビで一世を風靡した山田ルイ53世。貴族のようなファッションに身を包み、ワイングラス片手に「ルネッサ~ンス」「○○やないか~~い」というフレーズで人気者となった髭男爵を、ご存じの方も多いと思います。現在、髭男爵をテレビで見かけるのは、一発屋芸人特集のみといってよいでしょう。つまりこの本は、書き手も一発屋なのです。

 

本書で取り上げられている芸人は、レイザーラモンHGコウメ太夫テツandトモジョイマンムーディ勝山天津・木村波田陽区ハローケイスケとにかく明るい安村キンタロー。髭男爵。一世を風靡した一発屋とそこまではいってない0.5発屋たちの、ブレークまでとブレーク後、そして現在をインタビュー形式で追っています。

 

本書を読んでいると、いくつか気付かされることがあります。

 

一発屋芸人と呼ばれる人達は“キャラ芸人”が多い。(p.18)

 

 

レイザーラモンHGはサングラスにレザーファッションのハードゲイ髭男爵はシルクハットにワイングラスの貴族、コウメ太夫大衆演劇の白塗りの女形波田陽区はギターを抱えた侍。確かに、一度見たら忘れられないようなビジュアルとそのキャラの吐く印象的なフレーズによって、全国区になった芸人ばかりです。

 

しかし、その印象的なキャラは、偶然に生まれたものではありません。例えば、髭男爵の「貴族」というキャラクターも、正統派の漫才では結果を出せず、10年にわたり鳴かず飛ばずの日々を送った末の、やむにやまれぬ決断から生まれたものだそうです。

 

本書に登場する芸人達は、「客にまったく受けない」「際立った特徴が何もない」などの致命的な欠点を克服するために悪戦苦闘し、その過程で客席のささやかな反応などを手掛かりにキャラを作り、ふくらませていきます。

 

こうして必死の思いで作り上げたキャラやフレーズが、何かのきっかけで注目され、ブレークを果たすわけですが、情報量がある臨界点に達すると、視聴者には「飽き」が生まれます。特にネットの発達した現在、一度注目されるようになると、その情報は驚異的なスピードで拡散します。しかし、その分、飽きられるスピードも早くなっています。

 

いまだに芸人として、もがき、戦い続ける者たち

 

本書は、「消えた」「死んだ」と揶揄される一発屋芸人たちが、いまだに芸人として戦い、もがき続けている姿を克明に描き出しています。

 

テレビでときどき放映される「一発屋芸人特集」は、売れっ子当時の収入と現在の収入を告白させて、そのギャップを笑うというような、冷笑的な視点で作られています。

 

日本人は、人が上昇していく姿に拍手を送るよりも、上昇した人間が落ちる姿を喜ぶ傾向があります。かつて人気を集めていたアイドルや芸人の現在の落ちぶれた姿を見て、「ざまあみろ」的な、意地悪な喜びを感じるようです。

 

これに比べ、本人も一発屋と呼ばれている著者・山田ルイ53世のまなざしは、冷静かつ客観的であり、根底にとても温かいものがあります。芸人達への「頑張れ」というエールが全編に感じられます。山田氏も、自分自身に同じ言葉をかけ続けているのでしょう。また、文中の芸人に対する記述も的確であり、独特のユーモアに包まれています。

 

本書に登場するのは、「毎日心がポキポキ折れる音が聞こえる」(ハローケイスケ p.154)ような日々を送りながらも、それでも芸人であることを捨てず、もがき続ける人たちです。

 

以前、私はプロの定義をこのように書きました。

 

生活のすべてを将棋や落語だけに捧げ、自分の才能と真剣に向き合い続け、それを長きに渡り継続することでしか、プロになる日は訪れない。そこだけは分野を問わず、変わらないものだという想いが去来しました。

 

一発屋と呼ばれる方たちの、芸人としての人生はまだ続いています。彼ら、彼女らは、いまだに自分の才能と向き合い続け、戦い続けています。その姿は間違いなく、プロフェッショナルと呼ぶに値するものだと思います。

 

一発屋芸人列伝』

山田ルイ53世(著)

新潮社

 

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