落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・太助が、落語の魅力を考えます。

お勧めの落語家:春風亭一之輔~新たな人物像を作り上げる腕力

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「世の中で、落語家の写真集を買う人なんているのかしら?」と思っていたら、なんと!わが家にも1冊ありました。春風亭一之輔の、いちのいちのいち』。私がアマチュア落語を始めた影響で、すっかり落語好きになったカミさんが、いつの間にか購入していたのです。

 

春風亭一之輔は、現在、人気・実力ともに間違いなく3本の指に入る落語家さんです。その実力は、21人抜きの抜擢で真打昇進を果たしたことからも分かるように、折り紙つき。さまざまな落語会で引っ張りだこの人気者で、チケットを購入するのもひと苦労です。

 

人気落語家の1日の過密さと、大事にしているもの

 

春風亭一之輔の、いちのいちのいち』は、一之輔師匠の毎月初日を1年間に渡り記録した写真集です。1日の活動が分刻みで記録され、撮影されています。また、毎月のお題に合わせて、一之輔師がコラムを書き添えています。

 

この本が、春風亭一之輔という落語家を知るうえで、とても参考になるのです。人気落語家なので、当たり前なのですが、「本当に、分刻みのスケジュールで動いているのだなぁ」ということを実感させてくれます。

 

その過密なスケジュールにもかかわらず、子供に朝食を食べさせたり、幼稚園に連れて行ったりと、子供との時間をとても大切にしていることがよく分かります。子供への目配りや愛情が、「初天神」や「真田小僧」など、子供が登場する噺に生かされているのですね。

 

また、毎月の写真が、「よくぞここまで入り込んだ」というものばかり。自宅で子供を相手にしている様子や楽屋風景、移動の様子、喫茶店や電車の中で眠り込んでいる瞬間など、さまざまなプライベートな時間が切り取られています。

 

落語ファンにとってうれしいのは、楽屋の風景が数多く撮られていることでしょう。楽屋で他の落語家さんと談笑している柔和な表情が、高座に上がると一転します。一之輔の師匠である春風亭一朝師が楽屋入りしたときには、楽屋中にピーンと緊張感が走るのが、写真から伝わってきます。名札を付けて一列に正座している前座さんたちだけでなく、一之輔師も壁際に控えて、師匠を見守ります。落語家さんたちの息遣いが伝わるような写真が並びます。

 

登場人物を類型化せずに、大胆にディフォルメする手腕

 

高座を見たことのある方はご存知だと思いますが、一之輔師匠は、古い言葉でいえば「苦み走ったいい男」です。頭をツルツルにしていることもあり、必殺仕事人に出てきそうな風貌です。声はどちらかというと低めで、かなり声量もあり、いわゆるドスのきいた声も出せます。

 

愛想がよくてニコニコしているタイプの落語家とは、正反対のタイプでしょう。不愛想ではありませんが、客に媚びないクールな雰囲気を持っています。

 

一之輔落語の特徴は、「構図の逆転」にあると思います。古典落語には、基本的なストーリーや人物像など、長い年月で受け継がれてきたパターンがあります。特に人物像については、類型化されています。例えば、しっかりもので口が悪いおかみさんと、口では勝てない少しボンヤリした亭主というような基本キャラクターが作られています。

 

ところが一之輔師は、このパターンを大胆に崩していくことがあります。「初天神」は、頭の回転が速い息子に、父親がやりこめられ、祭りで団子や凧などを買わされてしまうという噺です。通常、この父親は、息子に頭ではかなわない、という設定で演じられます。しかし一之輔バージョンでは、父親もかなり知恵が働き、息子と丁々発止のやり取りを繰り広げます。型にはまった人物設定や力関係の構図を、大胆にひっくり返したり、変えることで新たな魅力を噺に吹き込みます。

 

また、登場人物のくせや服装、話し方をディフォルメすることで人物を際立たせたり、地声の大きさを生かして、緩急を変える手法も巧みです。

 

才能あふれる噺家さんであることは間違いありませんが、いまの芸風が確立するまでは、やはり色々と試行錯誤があったようです。

 

本書で、一之輔師は「稽古」というお題で、こう書いています。

 

  

落語は稽古しているはずなのに、ウケない。お客さんに満足してもらえない。そんなことがザラにある。

 「それは稽古が足りないからだ!!」と言われ、「…ならこれでもか!」と稽古に没入する。繰り返し繰り返し。不安と戦いながら七転八倒する。

(中略)追い詰められた末に「ままよ!やるだけやってやれっ!!」と半ばヤケクソに喋ると、意外と反応が良い場合がある。「あー、そうか。これでよいのか……」と何となくコツが掴めた気になったりして。(p.30)

 

 

確かに二つ目のころは、いまより愛想がよくて、意図的に笑いを取りにいこうとしていて、それが風貌とミスマッチだったようにも思います。

 

一之輔師匠の落語を聞きこむと、噺のセリフすべてに、細やかに手が加えられていることが分かります。聞きなれた古典落語であっても、登場人物の新鮮さに驚くはずです。

 

春風亭一之輔、落語マニアだけでなく、落語初心者の方にも間違いなくお勧めできる噺家さんです!

 

www.ichinosuke-en.com

 

春風亭一之輔の、いちのいちのいち』

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被写体と文:春風亭一之輔

写真と記録:キッチンミノル

小学館

 

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