落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・おさむ家太助が、落語の魅力を考えます。

山本一力「落語小説集 芝浜」で、落語と小説の違いを味わう

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語関連の本を色々と紹介していますが、今回のお勧めは、山本一力(やまもと・いちりき)の「落語小説集 芝浜」です。

 

山本一力さんといえば、「あかね雲」で直木賞を受賞し、「損料屋喜八郎始末控え」や「ジョン・マン」シリーズなど、多くの作品を精力的に発表している時代小説の作家です。

 

落語の背景にある時代や登場人物の履歴が補足される

 

「落語小説集 芝浜」は、タイトルの通り、落語を題材に描いた短編集です。収録されている作品は、「芝浜」「井戸の茶碗」「百年目」「抜け雀」「中村仲蔵」の5編。

 

この小説の一番の大きな特徴は、落語の基本的なストーリー、基本的な登場人物、落ちには手を加えていないことです。

 

では、どの部分が創作かというと、時代設定、登場人物の履歴、舞台となる町や店の情報、各シーンの情景描写などが、大胆に加筆されています。

 

落語で時代設定となると、「江戸の時代の噺でございます」くらいの前振りで噺に入ってしまうことが、よくあります。ご存知のように江戸時代は、260年以上もの長きにわたります。この長い期間で、社会通念や風俗、習慣、流行などは変化していきました。特に変わったのが、商業の発達です。商人の台頭と貨幣経済の進展は、人々の生活や考え方にも大きな影響を与えました。

 

この小説では、各編にきっちりと時期が設定してあります。

 

「芝浜」は、腕はいいが酒に溺れて働かなくなった魚屋・勝治郎が、妻にせっつかれて、芝浜市場に仕入れに出かける早朝から、噺は始まります。この小説では、日時を嘉永4年の12月26日未明に設定しています。嘉永6年にはペリーが浦賀に来航していますので、欧米列強が本格的に日本への進出を始めた慌ただしい時期ですね。

 

勝治郎は魚屋といっても店を持っているわけではなく、天秤棒に魚を入れた盤台(はんだい)を下げて売り歩く、「担ぎ売り」です。当時、江戸で一番大きな市場は、日本橋魚河岸。なぜ勝治郎が日本橋ではなく、小さな芝浜の市場まで出かけていたのかについても、小説では説明されています。

 

日本橋には江戸の漁師のみならず、房州や相州からも納めにやってきた。旬の鮮魚なら、地元でさばく倍の値段で買い取ってくれるからだ。しかし、夜通し走ってきた漁船の魚は、穫れたてだと漁師が言っても、すでに半日以上の時が過ぎていた。(中略)

 

芝浜市場に納めるのは、近所の浜の漁師に限られていた。(中略)うまい魚は芝浜に限るという、通人も少なくなかった。 p.13 「芝浜」

 

 

名の通った老舗料亭や鮮魚屋から先に仕入れ日本橋よりも、芝浜市場のほうが、担ぎ売りながら、優れた魚の目利きである勝治郎にとっては、都合が良かったのですね。

 

このように、落語の背景にある情報をいろいろと補足してくれるので、理解が深まる部分が数多くあります。

 

そして山本一力の小説の魅力といえば、情景描写ですよね。

 

時間を間違えて、夜明け前に芝浜に来てしまった勝治郎は、浜で夜が明ける様子を見ています。かつて桂三木助(三代目)は、こんなふうに夜明けの空を表現しました。

 

「いやー、いい色だなあ。よく空色ってえと青い色のことをいうけれど、いや朝のこの日の出の時には空色ったって一色だけじゃねえや。五色の色だ。小判みてえな色をしているところがあると思うと、白っぽいところがあり、青っぽいところがあり、どす黒いところがあり……」

 

山本版「芝浜」では、こんな描写になります。

 

夜と朝とが入れ替わるとき、海と空は互いに色味を取り替えた。

暗かった空は海の蒼さをもらい、代わりに藍よりも深かった青を海面に下げ渡した。

東の彼方から昇る朝日は空と海のやり取りを了としたかのように、橙色に輝く光の帯を夜明けの海に流した。       p.17「芝浜」

 

 

このように時代背景、補足情報、情景などがきめ細かく描かれているので、ある意味、勉強にもなり、味わいも深まります。

 

落語と小説の違いを味わってみるのも面白い

 

しかし、太助は、この落語小説集にある違和感を覚えました。

 

どの登場人物もとても立派なのです。芝浜の魚屋は仕事もしていない飲んだくれですが、仕事に対しては信念と力量を持っているとても立派な人間です。善人ばかり出てくる「井戸の茶碗」や希代の名優「中村仲蔵」はもちろん、普段堅物ながら隠れて芸者遊びをしている「百年目」の番頭も立派な人。宿代を踏み倒して、雀の絵を描いて去っていく「抜け雀」の絵師も優れた人物。

 

登場人物が全員、極めて立派なのです。「ダメに見えても、実は立派」という人物ばかりです。

 

落語は、酒・女・博打が大好きで、真面目に働かない、いわばダメ人間のオンパレード。しかし、それを良しとして、楽しみます。

 

また、この小説には、ウルっとくる泣けるようなシーンはたくさんありますが、「笑い」はまったくありません。

 

いわゆる落語的な世界を期待して読むと、違和感を覚えるかもしれません。

 

当たり前のことですが、この本は、「落語」ではなく、山本一力の「小説」なのです。

 

そこを踏まえたうえで読めば、名作落語の時代や情景などへの理解が深まるだけでなく、落語と小説の違いを味わえるという意味でも面白い本だと思います。

 

「落語小説集 芝浜」

(著者)山本一力

小学館