落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・おさむ家太助が、落語の魅力を考えます。

落語業界の不思議な人材採用・育成

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こんにちは、太助です。落語業界を知れば知るほど、不思議な世界だなあ、と思うことが色々あります。この不思議の一つに、落語業界の人材採用・育成があります。

 

人材募集をしない落語業界

 

「落語家求む! 日給5千円。休日・月4日。経験不問、やる気と体力を重視」

 

このような募集広告を目にすることはありません。落語家になるには、プロの落語家に弟子入りするしか方法がないからです。「この人に弟子入りしたい!」と決めたら、その落語家さんの自宅を訪問するか、劇場の楽屋口で待ち構えるなどして、弟子入りを直訴します。

 

すると大抵の場合、「日を改めて、話しを聞きましょう」ということになり、指定された期日・場所で初めてお話ができます。ここで、落語家になりたいという熱い想いを述べるわけですが、ほとんどの場合、「食べていくことができないから、落語家を目指すのはお止めなさい」と言われるようです。ここで断られるケースもありますが、「ある程度の期間をおいて、親の同意を得たうえで、親と一緒に改めて来るように」と言われる場合もあります。

 

ある程度の期間は、様々です。冷却期間を置き、親の意見も聞かせ、もう一度、客観的に「この選択でよいのか、続けていけるのか」などを考えさせるのですね。

 

こうして晴れて入門がかなうと、

 

見習い⇒前座⇒二つ目⇒真打

 

という落語家のステップを、一歩ずつ進んでいくことになります。入門してから真打になるまでは、団体や個人によって差はありますが、およそ12年から15年程度かかるようです。

 

弟子入りして、見習い、前座の期間は、師匠の付き人のようなかたちで、さまざまな用事をこなしながら、落語を教えていただきます。寄席に出演する団体の場合は、毎日、寄席に通い、楽屋仕事をこなします。

 

なぜ、落語業界は人材を発掘しないのか?

 

落語業界の人材採用で不思議なのは、まず「募集しない」ということです。ビジネスの世界では、中小問わず、すべての会社は、「優秀な人材に来てほしい」と思っています。多額の費用を使って、人材採用している企業も数多くあります。なぜなら、優秀な人材が来れば、会社は強くなるからです。「人は柱」という考え方ですね。

 

野球でも、相撲でも、優れた人材には中高生の段階から目を付け、スカウトします。逸材には、いくつもの球団や相撲部屋が競合する、というニュースもよく耳にします。

 

ところが、落語業界でこのような話しを聞いたことがありません。

 

現在、落語業界で人気・実力ともにトップクラスの柳家喬太郎師匠は、大学の落語研究会時代から「怪物」と呼ばれる逸材だったそうですが、東京の落語団体で争奪戦になった、というニュースは流れませんでした。

 

素人目には、いい人材を求めるというより、むしろ、「いい人材には来てほしくない」という感じにすら見えます。東京には550名前後の落語家さんがいますが、この人数に比べて、出演できる寄席やホールの数は限られています。逸材が来て、自分の出演場所を取られるくらいなら、来なくてもよいと考える人がいても不思議ではありません。

 

師匠にとって弟子を取り、育てることのメリットは?

 

見習いから前座になると落語業界に足を踏み入れることになるのですが、落語家としての育成は基本的に、師匠である落語家個人に一任されます。弟子入りした師匠の教えや考え方が絶対的な基準となります。師匠が白と言えば白、黒と言えば黒、という世界なのです。

 

例えば、立川談春師匠の自伝的エッセイ『赤めだか』では、師である立川談志に「修行のために築地の市場で働いてこい」と言われ、1年以上、市場で働いた経験が書かれています。「落語家の修行と市場で働くことに、何の関係があるか?」という疑問を挟む余地はないのです。

 

前座が師匠に付いて学ぶことを、以下のように語る落語家さんもいます。

 

師弟関係の目的は、徹底的に気を遣い、相手と同化する経験を身を以って体感するということにあると思ってます。

『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?』 立川志の春

 

 

徹底的に自分を無にして、師匠と同化し、師匠の考えることや望むことを先回りして察知できるようにする。こういう訓練を積むことで、お客様が望むことを高座から瞬時に察知できるようにする、という考え方・指導なのですね。

 

では、教えるほうの師匠である落語家さんには、弟子を取ることで、どのようなメリットがあるのでしょうか?

 

これが、経済的なメリットは、ほぼ皆無なのです。相撲部屋の場合は、所属力士人数分の部屋維持費や稽古場維持費、力士養成費などが支給されます。しかし、落語業界の場合、団体から育成費が支払われることはありません。前座に与える小遣いを含めて、すべて師匠である落語家の持ち出しです。

 

「弟子を取ることのメリットはゼロです。損ばっかりです」と、テレビで春風亭昇太師匠が言っていましたが、その通りなのでしょう。高名な落語家さんでも、弟子を全く取らない方もいます。

 

では、メリットもないのに、なぜ弟子を取るのでしょうか?

 

落語は基本的に口伝えの芸能です。師匠の話すことを弟子が聞き覚え、長い期間に渡り、伝えてきたものです。落語を次の世代に伝えるには、誰かが口承でつないでいくしかないのです。

 

ほとんどメリットがなくても、落語を伝えるという大きな義務感があるから、育成を引き受けるのでしょう。

 

人材採用も育成メソッドも基本的に個人任せの落語業界。落語は、究極的には「個」の才能に依存するものだから、それで良いのでしょうか。

 

不思議で、実に興味深い世界なのです。

 

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赤めだか

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立川談春(著)

扶桑社