闇の奥から聞こえてくるのは……。怪談「生きている小平治」
こんにちは、太助です。落語には怪談噺(かいだんばなし)というジャンルがあります。怪談というと稲川淳二さんが有名ですよね。
テレビや映画と違い、落語は、映像がなく、語りだけで展開していきます。すべての情景は、聞き手である私たちの想像力にゆだねられます。登場人物の表情や恐ろしい光景など、百人いれば百通りのシーンが、それぞれの脳裏に浮かんでいるのです。
太助の好きな怪談噺は、八代目 林家正蔵(彦六)が得意とした「生きている小平治(こへいじ)」です。
奥州(福島県)の安積沼(あさかぬま)で、2人の男が一艘の小船に乗り、釣りをしている場面から、噺は始まります。一人は役者の小平治。もう一人は、幼なじみの同じ芝居小屋で働く、囃子(はやし)方の太九郎(たくろう)。
その沼の情景は、こんな風に語られます。
「沼の上には白い藻の花が咲いておりまして、おいかぶさるように暗い木立を映して、どんよりと澱んでおりまする水の面(おもて)。空は露を含んでおりますが、暗いのですが、遠い山々のはしのほうに、青空がちょいと見えまして、そこからわびしい光の矢が一筋、この古沼をさしております」
小平治は、四年前から、太九郎の妻おちかと深い仲になっていることを、この船の上で、太九郎に打ち明けます。そして、「おちかを譲ってくれ」「いや駄目だ」という言い争いになり、太九郎は船の櫂を小平治の顔に叩きつけ、沼に突き落とします。
闇の中をトボトボと、提灯がどこまでも
数日後、江戸のおちかの家に、小平治が血だらけの姿で現れ、「太九郎を殺してしまったから、自分と一緒に逃げてくれ」と言い出します。そこへ戻ってくる太九郎。死んだと思っていた小平治が生きていたので、慌て、驚き、再び小平治を刺し殺します。
役人に追われ、江戸を去る太九郎とおちか。
その旅の途中で、太九郎は、「宿屋のそばで、小平治にそっくりな男を見かけた。小平治はまだ生きている」と呟きます。
「殺しても、殺しても小平治は生き返る」と怯える太九郎に対して、おちかは「そのときは、幾十度、幾百度でも殺してやりゃいいんだよ」と言い放つのです。
何かに引かれるように慌てて旅立つ太九郎。追いかけるおちか。……と、暗がりの中から、ちょうちんを下げた、顔に大きな傷のある小平治が現れ、トボトボと追っていきます。
小平治は、二人に襲いかかったりする訳ではありません。ただ、ただ、二人の後を静かに、どこまでも付いて行くだけなのです。
噺の最後はこのような言葉で終わります。
「やがて提灯の灯りも、真っ暗がりの闇の中。聞こえるものは風の音。波の音」
広がっていく暗がりの情景。そのとき、私たち一人ひとりの頭の中に、本当に怖いものが見えてきます。
夏にお勧めの怪談です。
NHK落語名人選43 八代目 林家 正蔵 生きている小平次・穴どろ
八代目 林家 正蔵