変幻自在の名プレーヤー:瀧川鯉昇「鯉のぼりの御利益」
こんにちは、太助です。今日はお勧め落語本として、瀧川鯉昇(りしょう)師匠の「鯉のぼりの御利益」を紹介します。
鯉昇師匠の魅力といえば、やはり豊かなバリトンから繰り広げられる、フンワリとした心地よい独特のリズムでしょう。長い噺でも、短い噺でもOK。競演する場合は、会場全体を心地よく温めて、他の演者の魅力をスッと引き立たせる。主役にもなれるし、脇役にもなれる。マクラは現代の話題を豊富に織り交ぜ、本寸法の古典かと思えば、「千早ふる」では竜田川はモンゴルまで行ってしまうし、「長屋の花見」では平壌放送まで飛び出す。堅調と誇張のダイナミックな融合。
変幻自在、かつ伸縮自在の名プレーヤー。それが、私にとっての瀧川鯉昇師です。
ただ、以前から、色々と疑問がありました。あの独特のリズムは、どの師匠から受け継いだものなのか? なぜ、古典落語を、あそこまでデフォルメして変えるのか?
その答えは、この本の中にすべて書かれていました。
「鯉のぼりの御利益」は、落語家・瀧川鯉昇の波乱の半生記です。
師匠と泥酔して路上で眠る日々、そして師匠の廃業。すべてを糧に
弟子入りした春風亭小柳枝は、芸界を代表する酒乱で、破滅型の落語家。日中はほとんど二日酔い。泥酔しては所構わず寝てしまい、警察の世話になるのは日常茶飯事。
当時、師匠と私は泥酔すると、しばしば終電後の阿佐ヶ谷の駅前で、路上にダンボールを敷いて眠りました。(中略)これほど路上で寝た落語家師弟は、落語史のなかでも非常に稀だと思います。p.116
結局、小柳枝は、酒が原因で様々なトラブルを引き起こし、ついには落語家を廃業してしまいます。
小柳枝に入門するまでも1年半の宙ぶらりんの時期があり、入門して1年程度で師匠がいなくなり、また、宙ぶらりんの放置状態が続く。小柳枝とは不仲だった兄弟子の柳昇門下にようやく入るまで、さらに1年の歳月がかかります。
ようやく二つ目になっても、とんでもないオンボロアパート暮らし。極めつけのエピソードは、結婚までにお見合いの回数がなんと80回! この本では、実に様々なエピソードが、淡々と語られます。
はたからは悲惨とも思える修行時代に、鯉昇師は、自分の気質に気付き、前座のくせにと顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも勉強会を続け、独自の型を作り上げていきます。恨まず、腐らず、「あの時代があったからこそ、いまの自分がある」と、言い切れるのは素晴らしいことだと思います。
本のラストは、自分の弟子たち14人へのメッセージで結ばれています。
怒ったら必ず損をします。怒らないで生きてみてください。(中略)嘘でやる芸はだめ。やりたいことをやってうけないのは当たり前。何がいけない、何をどうすればいいのか。徹底的に自分で考えぬかないで、どこかを誤魔化していたら絶対にだめ。(中略)一生の糧になるものは自分で見つけて下さい。落語会・仕事の現場ひとつひとつ、そういった局面で出て来た“問い”に真摯に対処し続けることで、それは見つかるでしょう。p.252
自分が苦労し、苦闘してきたからこそ伝えられる暖かな言葉が、心に響きます。
私はいつも自由な精神でいて、それで私の長屋衆が自由奔放に躍動する。これが理想ですね。p.235
はい。いまや鯉昇師匠の長屋衆は、自由奔放に飛び回っていると思います。太助は、師匠の高座を拝見するといつも思います。
瀧川鯉昇、いまが全盛期だ。
この本は、鯉昇ファンが楽しめるだけでなく、落語家がどのように自分の型を確立していくかを知ることができる貴重な資料だと思います。お勧めの落語本です!
鯉のぼりの御利益―ふたりの師匠に導かれた芸道
発行:東京かわら版新書
価格:1,200円(税込み)
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