落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・太助が、落語の魅力を考えます。

落語『棒鱈』:芋侍を笑い飛ばす江戸っ子の心意気

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。いま『棒鱈(ぼうだら)』という噺を稽古しています。

 

料理屋の二階で江戸っ子が二人で飲んでいる。一人は酒癖が悪く、すでに酩酊状態。芸者を呼んで待っていると、隣の座敷に芸者が大勢入って、大騒ぎしているのが聞こえてくる。隣ではしゃいでいるのは薩摩侍。マグロの刺身を「赤べろべろの醤油漬け」と呼んでみたり、野暮ったい歌ばかりうたうので、酔った江戸っ子は腹が立って仕方ない。相方が止めるのも聞かず、隣の侍の顔を覗きに行くのだが、酔っているのでふすまごと座敷に転がり込んでしまう……。

 

この田舎侍が噺の中で、国元の歌(?)をいろいろと歌います。

 

もずの口ばし

♪もずの口ばし 三郎兵衛のなぎなた 差せやから傘 ワッキリ チャッキリ~

 

十二か月

♪1月 1がち~は 松飾り、2月 2月はひなまちゅり、3月 3月はテンテコテン~

 

琉球

琉球へおじゃるなら わらじ履いてや おじゃれ~

 

江戸っ子が粋な都々逸(どどいつ)で対抗しようとしてもお構いなし。嬉しそうに田舎侍は歌い続けます。

 

将軍のお膝元に暮らすことを誇りとした江戸っ子の心意気

 

この落語は、田舎侍の野暮ったさを、とことん強調して笑い飛ばす噺です。落語は基本的に町人が主人公であり、侍は威張りくさったイヤな奴という役どころです。これは江戸っ子の気分を表しているのでしょう。中でも馬鹿にしていたのが、地方から江戸に来ている各藩の侍です。江戸屋敷に住む彼らを「田舎侍」と呼び、その野暮ったさを笑い飛ばしていました。

 

しかし、ご存じのように慶応3年(1867)に大政奉還、翌4年には徳川家は新政府に江戸城を明け渡します。明治政府の中心メンバーである薩摩藩長州藩藩士たちが、わがもの顔で江戸に乗り込んできたのです。

 

徳川家は駿河遠江国など70万石に移封となります。800万石といわれた所領が10分の1以下になってしまったわけです。

 

『大奥の女たちの明治維新』という本によれば、この時期の幕臣の数は3万人強。70万石の大名として召し抱えられる藩士の数は5千人程度。2万人以上の幕臣には、徳川家の籍を離れてもらう必要がありました。このとき徳川家は、幕臣に3つの選択肢を提示したそうです。

 

①新政府に帰順して朝臣となる。つまり政府に出仕する。

②徳川家にお暇願いを出して、新たに農業や商売を始める。

③無禄覚悟で新領地の静岡に移住する。

 

新政府に仕えるか。武士を捨てて商売か農業を始めるか。それとも、藩主と共に無給を覚悟で静岡に移住するか。徳川家としては身上が10分の1以下になってしまうため、①の「新政府に仕える」を選んでもらいたかったはずです。しかし、新政府に仕えることを潔しとせず、静岡移住を選んだ幕臣は1万人以上になったそうです。

 

政府に仕えることを良しとしない空気は、幕臣の間で非常に強かった。朝臣となった幕臣を裏切り者扱いし、白眼視した。

 こうした空気は、魚屋や八百屋も共有していた。政府に身を売った幕臣の家には、魚も野菜も売らなかったという。将軍のお膝元に暮らすことを誇りとした江戸っ子の心意気といったところだ。(p.61)

 

 

政府への出仕を決めた幕臣にも後ろめたい気持ちがあり、人とはなるべく会わないように暮らしたそうです。しかし、結果として彼らの選択は賢明でした。農業や商売を始めた者は、「士族の商法」という言葉があるように大半が失敗。また武士の意地を貫き、静岡に無禄覚悟で移住したものは、ひどい生活難になり、ときには草まで食べるというような困窮生活を送ることになります。

 

ともあれ江戸っ子には、田舎侍、ましてや薩摩侍に対する強い侮蔑の感情があったようです。落語「棒鱈」は、そのような江戸っ子の心意気がうかがえる興味深い落語です。ぜひ、聴いてみてください!

 

参考文献

『大奥の女たちの明治維新

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安藤優一郎(著)

朝日新聞出版社

 

柳家さん喬「棒鱈」

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落語ディーパー:東出昌大の落語への熱愛ぶりが微笑ましい落語番組

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http://www4.nhk.or.jp/P4544/

 

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。NHK不定期に放映されている『落語ディーパー』をご存知でしょうか。サブタイトルには、「東出・一之輔の噺(はなし)のはなし」と銘打たれています。

 

NHKのホームページには、このように番組紹介されています。

 

落語に魅せられた東出昌大が、「若い世代が落語を知らないなんてもったいない」と立ち上がり、毎回ひとつの演目をとりあげ、春風亭一之輔柳家わさび、柳亭小痴楽、立川吉笑、雨宮萌果アナウンサーと深―く語り合います。

 

落語を深く掘り下げて、解説していく番組

 

この番組では、毎回、落語1話を取り上げ、ストーリーを紹介し、噺の聴きどころを解説していきます。また、過去の名人のお宝映像も数多く放映されます。例えば、「居残り佐平治」を紹介した回では、主人公の佐平治が客をヨイショする場面での、古今亭志ん朝立川談志五代目・三遊亭円楽それぞれの高座を流してくれました。各回の噺は、出演の落語家が演じてくれ、番組内では見ることができませんが、ネットで視聴することが可能です(放映後、1週間程度の期間限定)。

 

2017年に放映された第1弾では、「目黒のさんま」「あたま山」「お菊の皿」「大工調べ」。2018年に放映された第2弾では、「地獄八景亡者戯」「明烏」「鼠穴」「粗忽長屋」「居残り佐平次」が取り上げられました。

 

NHKの落語関連の番組では「超入門!落語THE MOVIE」を、以前、紹介したことがあります。「超入門!落語THE MOVIE」は、落語の演目を映像化しているのですが、この番組の特徴は、落語家の喋りに合わせて、俳優がいわゆる「口パク」で登場人物を演じていることです。俳優は、自分のスピードでセリフを言えないので、何回も撮り直しをするそうです。その制作エピソードを聞いたとき、「どれだけ贅沢な番組なんだ!?」と驚きました。

 

民放と違い、視聴率や広告クライアントの意向などに振り回されることの少ないNHKならではの贅沢な番組作りです。この落語ディーパーも、「よくぞここまでマニアックに作り込んだ」といえる番組です。通常、夜11時から30分の番組ですが、視聴率を考えると、ここまで凝った番組作りは民放では難しいでしょう。「目黒のさんま」って、30分語るほどの深い噺でもない気がするし……。

 

この番組で、各演目に対する落語家さん、それぞれの捉え方の違いを聞いていると、落語は解釈によって随分と変わるものだということを実感します。

 

名人・上手の落語家が作り上げる独自の人物像

 

古典落語の場合、台本は存在します(通常、口伝というかたちをとりますが)。それを落語家は自分なりに解釈して演じます。つまり演出家と役者を兼ねているようなものです。基本的な噺の骨格と登場人物は設定されていますが、その登場人物の性格や各場面での感情のあり方などは落語家の手にゆだねられています。解釈しだいでは、独自の性格を作り上げることもできます。

 

前述した「居残り佐平治」は、主人公の佐平治が金もないのに遊郭で仲間と豪遊し、金を返すためにその店に居残る噺です。仕事にそつがなくて愛嬌のある佐平治は、客からも大変に可愛がられるようになります。仕事や祝儀を奪われた店の連中は、店の主人に佐平治を追い出すように頼み込みます……。実はこの佐平治、居残りを稼業とする悪い奴。この主人公を、談志や円楽は「調子のいい人間」として描き、志ん朝は「愛想のよい憎めない」という人物像に仕上げました。落語ディーパーで春風亭一之輔は、かなりの悪漢にして演じていました。

 

名人・上手と呼ばれる落語家は、噺を師匠から教わったとおりに演じるだけでなく、必ず自分なりの人物像にまで練り上げていきます。この辺りが凡庸な落語家との大きな差なのです。

 

この番組のもう1つの魅力といえば、何といっても進行役の東出昌大の落語への熱愛ぶりでしょう。落語にはまると、いっとき高座に足しげく通い、落語のCDやDVDを視聴しまくり、自分のお気に入りの噺や落語家を見つけていきます。彼もいまそのような狂熱の季節にいるのでしょうか。番組の中で落語への熱い思いがストレートに伝わってきます。その純粋さは、とても気持ちの良いものです。

 

NHKならではの贅沢番組、「超入門!落語THE MOVIE」と「落語ディーパー」は、落語に興味がある方、落語への理解を深めたい方にお勧めの放送です。どちらも不定期放送なのでお見逃しなく!

 

NHKホームページ

www4.nhk.or.jp

 

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『マリア・シャラポワ自伝』トップの座に就き、トップであり続けるための条件

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。最近、「プロとアマチュアの差とは何だろう?」と考え続けています。そこへ飛び込んできたのが、テニスの大阪なおみ全米オープン制覇です。日本人初の快挙ということで、大きなニュースとなりました。テニス好きの太助はこのニュースを聞いて、17歳で全英オープンを制したマリア・シャラポワについて思い出しました。

 

プロになるまでの波乱万丈の人生

 

190cm近い身長とブロンドの髪を持つ端麗な容姿のテニスプレーヤー、マリア・シャラポワをご存じの方も多いと思います。17歳にして全英オープンを制覇し、その後、世界ランキング1位を獲得、生涯グランドスラム(4大大会をすべて制覇)も達成した、まさにテニス界のトッププレーヤーです。

 

試合中のシャラポワは、1球打つたびに大きなうなり声をあげ、獣のような眼光で相手をにらみつけてコートを走り回ります。容姿が端麗なだけに、プレースタイルとのギャップが際立ちます。優雅とはほど遠い、そのプレースタイルを嫌う人もいます。

 

彼女は、なぜ獣のように戦い続けるのか? その秘密はマリア・シャラポワ自伝』の中で解き明かされます。そこに描かれているのは、想像を絶するようなシャラポワの生い立ちです。

 

1986年ロシア・チェルノブイリ原発事故が発生。近隣に住んでいた両親はシベリア移住を決断し、その翌年、シャラポワが生まれます。テニス好きの父の影響により、4歳でテニスをスタート。6歳のとき、伝説的なテニス選手であるナブラチロワに見いだされ、アメリカに行き、テニス技術を磨くように勧められます。ここでシャラポワの父・ユーリは、仕事を辞め、娘を世界一のテニスプレーヤーにすることを決意します。

 

ビザを取ることさえ困難な時代に、父・ユーリは全財産と借金でこしらえた700ドルを持ち、6歳の娘とアメリカへ旅立ちます。しかし到着した空港には、迎えに来るはずのコーチは現れません。英語をひと言もしゃべれない親子は、たまたま知り合ったポーランド人夫婦の助けを借り、自分たちを受け入れてくれるテニスアカデミーを探し歩きます。

 

なんとか著名なアカデミーに入校でき、おんぼろアパートの一室を借り、親子のアメリカ生活はスタートします。セレブの娘たちが世界中から集まるアカデミーで、ロシアから来た貧しい6歳の娘は、戦う世界の掟を含め、いろいろなことに気付きます。

 

少女たちは世界中からこのアカデミーに来ていた。まあまあ上手な子もいた。かなり上手な子も。優秀な子もいた。でも大半はさほど上手ではなかった。こうしたプレーヤーたち、アカデミーに真の意味での利益をもたらしている生徒がいたのは、彼らの親が現実に向き合うことができなかったからだ。

 

この世界では、とても上手というものと、優秀というものの間にはグランド・キャニオン並みに大きな差があった。(p.51)

 

 

移民として生き残ろうとする父と娘には、苦難が次々に襲いかかります。なんとか入校したアカデミーも他のテニスママのいじめにより追い出され、別のアカデミーへ。しかし、ここでは英語が理解できないのにつけこまれ、ひどい条件の奴隷契約を結ばされそうになります。さらに父親は過酷な労働により体を痛め、家賃が払えなくなり、アパートを追い出されそうにもなります。

 

しかし、不運のあとには幸運が訪れます。たまたまテニストーナメントで知り合った人間に苦境を訴えたところ、契約書に詳しい知人を紹介してくれ、さらに自宅に住まわせてくれたのです。

 

戦場で友人を作ることに、わたしは関心がない

 

こうした苦境の中で、シャラポワはテニスの腕を上げるとともに、強固な性質を作り上げていきます。

 

ボールを打つとき、わたしは小さくうなった。子供のころでさえ、わたしはまわりから自分を切り離そうとしていた。感情を持たない。恐怖を感じない。氷のようになる。ほかの女の子と友達にならなかった。そんなことをすれば、わたしはさらに優しくなり、さらに負けやすくなるから。まわりの少女は世の中で最高に親切な子たちだったかもしれないが、わたしはそんなこと知ろうともしなかった。知らないでいようと決めたのだ。(中略)自分の最大の強みはそういう性質なのだ。だったら、それを捨てるべきではない。

 

戦場で友人を作ることにわたしは関心がない。友達になったら、武器を捨てることになる。(p.59)

 

 

こうしてテニストーナメントを戦い続ける中で、シャラポワは頭角を現し、スポーツエージェンシーにも見い出されて、スポンサーがつくようになります。

 

それにしてもテニスの世界は過酷です。

 

(父親と)ふたりだけでトーナメントからトーナメントへ、街から街へ、ホテルからホテルへと旅をした。北米からアジアやヨーロッパへ行き、また北米へ戻ってくるというように。強行軍だった。いつ終わるともわからないツアー。世界中を旅しながらも、何ひとつ見ることはない。(中略)いつも同じ顔ぶれ、同じライバル、同じ争い。毎日が同じ日。繰り返し、繰り返し。(p.154)

 

6歳からプロテニスプレーヤーの道を歩み始めたシャラポワは、16歳でツアー初優勝。17歳でテニスの聖地ウィンブルドンで、2004年の全英オープン優勝を成し遂げます。そして2005年には世界ランキング1位まで駆け上がります。

 

トップの座に就き、トップであり続けるための条件とは

 

2008年までに4大大会で3回の優勝を重ね、トッププレーヤーの座に就いたシャラポワ。しかし、彼女の波乱のキャリアはまだ続きます。この年、長年の蓄積疲労もあり、肩の手術に踏み切ることになり、長期の休養を余儀なくされます。手術後のリハビリを経て復活し、2012年には全仏オープンを制覇し、生涯グランドスラムを達成。その年のロンドンオリンピックでは、ロシアの旗手を務めます。

 

しかし、2016年に国際テニス連盟からドーピング疑惑の指摘を受けてしまいます。心臓疾患のため永年服用していたサプリメントが、2016年に禁止薬物に指定されたことに気付かず、使用を続けていたからです。シャラポワは、この疑惑を受けていることを自ら公表し、国際テニス連盟と争いますが、15か月の出場停止となってしまいます。彼女のスポンサークライアントは、この騒動ですべて離れていきます。

 

15か月に渡る出場停止期間を経て、2017年、シャラポワは再び、テニスプレーヤーとしてカムバックし、歩み始めます。

 

それにしても、なんという凄まじい人生でしょう。中高年世代は、マンガ「巨人の星」を思い出すかもしれません。貧しい家庭に生まれた星 飛雄馬(ほし・ひゅうま)が、父のスパルタ指導のもとプロ野球のエースピッチャーになり、ライバル達と戦い続けるというマンガです。現在、小説やマンガで、「巨人の星」のようなストーリーを展開したら、荒唐無稽と言われかねません。

 

巨人の星」は1960年代のマンガです。60年代の日本には、貧困が目に見えるかたちで、あちこちに数多く存在していました。貧困から抜け出すための1つの手段としてスポーツや芸能があり、漫画化もされていたのです。現代の日本においても、貧困はなくなったわけではありません。しかし、そこから抜け出すことをテーマにしたストーリーには、リアリティがなくなってしまいました。いまは、貧困など重たいものを背負わない、軽やかな天才がもてはやされる時代となりました。

 

しかし、この父娘を見ると、まだまだ世界には、何かを背負いながら戦い続けているアスリートがいることを実感します。

 

世界中を巡り、独りで戦い続けるプロテニスプレーヤーは、本当に過酷な職業です。20代中盤を過ぎると体はボロボロになり、20代後半には引退を考え始めます。世界中の天才たちと戦いを繰り広げ、トップの座に就いても、すぐに新たな天才が現れてきます。世界No.1の座に就き、生涯グランドスラムを達成し、目的を失いかけたシャラポワは、このドーピングによる出場停止により、新たな闘志を燃やし始めます。

 

この本の最後で、彼女はこのように結んでいます。

 

今はテニスをすることだけ考えている。できるだけ長く。できるだけ激しく。ネットが取り払われるまで。ラケットが焼き尽くされるまで。わたしが止められてしまう日まで。止められるものなら、やってみるがいい。

 

天才たちが集まるプロ集団の中で、トップの座に就き、トップであり続けるための条件。それを垣間見ることができる貴重な1冊でした。

 

マリア・シャラポワ自伝』

マリア・シャラポワ(著)

文藝春秋

 

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太助セレクト落語 2018年11月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年11月のお勧めの落語会をピックアップしました。暑さがやわらいできたと思ったら、早くも年末の情報をお届けする季節になってしまいました。11月はめずらしい組み合わせの落語会も登場します。チケット予約はお早めに!

 

道楽亭出張寄席

立川こはる春風亭百栄師の胸を借りる」

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日時:11月4日(日) 開演:18:00

料金:2,500円

出演立川こはる春風亭百栄

場所お江戸日本橋亭三越前

問い合せ:03-6457-8366

⇒旬の若手噺家が,尊敬する師匠の胸を借りるシリーズ。今回は立川こはるが、古典・新作両刀遣いの爆笑王春風亭百栄師匠の胸を借ります。いつも元気いっぱいの立川こはるが、何かを得るのか? それとも叩きのめされるのか!

「道楽亭出張寄席」専用予約フォーム

http://dourakutei.com/schedule/reservation_a/

 

二人三客の会

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日時:11月9日(金) 開演:19:00

料金:3,100円

出演:入船亭扇遊、瀧川鯉昇、ゲスト・三笑亭夢丸、江戸家小猫

場所横浜にぎわい座

問い合せ:045-231-2515

⇒先日の三越落語会でも、扇遊、鯉昇師匠の組み合わせのおもしろさを堪能しました。粋な古典落語の世界を楽しみたいのなら、ぜひこの落語会に足を運んでください。ゲストの夢丸師匠もいち押しです!

横浜にぎわい座チケット購入

http://nigiwaiza.yafjp.org/ticket/

 

新風落語会「めざせ! 芸能ホール独演会」

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日時:11月13日(火) 開演:19:00

料金:3,100円

出演:三遊亭わん丈、立川こはる桂宮治、ゲスト・三遊亭兼好

場所横浜にぎわい座

問い合せ:045-231-2515

⇒のげシャーレで独演会を行っている若手精鋭が、芸能ホールでの独演会を目指して競います。ゲストは、のげシャーレから見事、芸能ホールでの独演会へとステップアップを果たした三遊亭兼好師匠です。

横浜にぎわい座チケット購入

http://nigiwaiza.yafjp.org/ticket/

 

談志まつり2018「立川談志追善 特別公演」

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日時:11月20日(火)17:00、21日(水)12:00、21日(水)17:00

料金:各4,500円

出演

20日(火)立川談四楼立川談笑立川ぜん馬立川キウイ立川談慶、立川平林

21日(水)12:00 立川龍志立川談之助立川志らく立川雲水立川談修立川談吉

21日(水)17:00 土橋亭里う馬立川談春、立川生志、立川志の輔立川志遊立川小談志

場所:よみうりホール(有楽町)

問い合せ:03-5785-0380

⇒今年も立川談志の命日に合わせて「談志まつり2018」が開催されます。談志直弟子全員による追善落語会に加えて、さまざまなゲストも登場。今回のゲストは、Mr.マリック/超魔術(20日夜)、ピコ太郎/歌(21日昼)が出演します。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。

三越落語会(第605回):さん喬、鯉昇、左龍、扇遊、夢丸 古典の名手が一堂に!

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年9月19日、三越落語会に足を運びました。長い歴史のある落語会で、今回でなんと605回。出演は、三笑亭夢丸(さんしょうてい・ゆめまる)、柳亭左龍(りゅうてい・さりゅう)、入船亭扇遊(いりふねてい・せんゆう)、瀧川鯉昇(たきがわ・りしょう)、柳家さん喬(やなぎや・さんきょう)。

 

なんとまあ豪華な! 古典落語の名手が勢ぞろいです。太助のいち推しの落語家、夢丸、左龍、扇遊、鯉昇を一度に観られるなんて、滅多にないこと。期待に胸をふくらませて、日本橋三越本店6階の三越劇場に足を運びました。

 

三越劇場は、世界でも珍しい百貨店内にある劇場です。1927年(昭和2年)に作られたホールは、ステンドグラスをはめ込んだ天井や、大理石と石膏彫刻で作られた周壁などが、開場当時のままの姿で保たれています。良く言えば重厚、悪く言えば古くさいホールです。昔ながらの劇場なので客席に傾斜がなく、座席の各列がずらしてあるなどの配慮もないため、自分の前に大きな人が座ってしまうとかなり見づらくなります。

 

古典落語5人の名手による夢のような競演

 

18:00の開演で、トップバッターは三笑亭夢丸師匠。愛くるしい童顔と小気味のよい活舌で語るは「富士詣り(ふじまいり)」。長屋の連中が「六根清浄、お山は晴天」と唱えながら、ヨタヨタと富士山を登っている。すると急に雲行きがあやしくなり、暗くなってきた。五戒を犯した者がいると、山の神様の怒りに触れ、山が荒れるのだ。懺悔して許しを乞わないと、天狗に股を裂かれると先達さんは言う。一行は、それぞれ自分の罪を懺悔し始めるのだが……。夢丸師匠が登場すると、とにかく場がパッと明るくなります。30代半ばで、名手揃いの今回のメンバーに選出されていることをみても、その評価の高さがうかがえます。時間の関係か、終盤、駆け足での語りになってしまったことは残念ですが、夢丸師匠らしい明るい高座を楽しめました。

 

二席目は、太助お勧めの柳亭左龍師匠まんまるな顔とクリクリした目のユニークな顔立ち。風貌に似合わぬ、よく通る声と切れのいい口調。本日の演目は「壺算(つぼざん)」。友達に頼まれて、水がめを買いに来た熊さん。二人が買いたいのは二荷(にか)の大きな水がめ。ところが熊さん、最初に一荷(いっか)の水がめを値切り倒して3円で購入。辺りをぐるり一周してから店に戻り、「買う壺を間違えたから、この一荷のかめを下取りしてもらい、二荷のつぼを買いたい」と店主に告げる。頭が混乱した主人は、熊さんに言いくるめられていく……。左龍師は、メリハリの効いた口調で、場を大いに盛り上げていました。

 

三席目の入船亭扇遊師匠は「藁人形(わらにんぎょう)」。女郎のお熊に隠し金をだまし取られた願人坊主(がんにんぼうず)の西念。あまりの悔しさに呪いの藁人形で、恨みを晴らそうとする……。なかなか聴く機会のない珍しい噺で、「黄金餅(こがねもち)」などにも通じるドロドロとしたダークな落語です。夢丸、左龍師匠が温めた客席が、扇遊師のキリっとした口調で引き締まった空気に一変します。ハラハラさせながらも過度に暗くならず、終盤では少し笑いの要素も入れての興味深い高座でした。

 

江戸の世界にとっぷりと浸かることができる至福の時間

 

三越落語会は、弁当付き団体客のために仲入り(途中休憩)が25分もあり、ビールなども劇場内で売られます。慣れた方は、お弁当を用意しての鑑賞です。

 

仲入り後の登場は、瀧川鯉昇師匠。「桂 米丸師匠は幼少時に黒船を見たと言われている」など、おなじみのマクラで大きな笑いを取ります。本日の演目は「武助馬(ぶすけうま)」。旦那のところにかつての奉公人・武助が久しぶりに訪れる。いろいろな職業を経て、いまは役者になったという。しかし話しを聞いてみると、動物の役ばかり。当地に興行に訪れたのだが、役は馬の後ろ足。旦那は知人を引き連れて、武助の芝居見物に行ってやるのだが……。この噺もなかなか聴く機会のない珍しい落語です。武助やオンボロ一座のダメっぷりが、鯉昇師のほんわりとした口調で、ほのぼのと楽しく描き出されます。この日、もっとも笑いをとっていた一席でした。

 

トリは柳家さん喬師匠で「寝床」。義太夫好きの旦那が、自分の店で独演会を開こうとしている。いつも貸している長屋の連中を招待しているのだが、旦那の義太夫がひどすぎるため、みんないろいろな理由をつけては欠席しようとする。怒った旦那は「貸している家から、すぐに出ていけ!」と大変なご立腹。番頭がとりなして、義太夫の会が始まるが……。さん喬バージョンの「寝床」は、旦那の下手な義太夫を観客にたっぷり聴かせます。旦那が「オエッ、オエッ」と吐きそうな声を出して練習するシーンでは、観客を大いに笑わせていました。さん喬版「寝床」をたっぷりと堪能しました。

 

出演者全員が古典落語の名手揃い。スマートフォンやAKBが登場するようなカタカナギャグを入れる演者は一人もいません。落語の名手は、客を無理やり笑わせようとするのではなく、噺を聴かせようとするのですね。勉強になります。

 

それぞれの世界、スタイルが確立していて、まさに甲乙つけがたい高座ばかり。江戸の世界にとっぷりと浸かることができる至福の時間。豪華な一夜を過ごさせていただきました。三越落語会に感謝、感謝です。

 

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瀧川鯉昇「武助馬」

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落語の登場人物:八っつぁん、熊さんのエネルギーが「笑い」を巻き起こす!

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語によく出てくる登場人物は、大体決まっています。長屋の八っつぁん、熊さん、ご隠居さん、おかみさんと子供。商家の大旦那、若旦那、番頭さん。廓噺(くるわばなし)の花魁(おいらん)や幇間(ほうかん)。おなじみのメンバーですが、あなたの周りにも、きっと似たような人がいるはずです。ぜひ、探してみてください。今回紹介する登場人物は、八っつぁん八五郎)、熊さん熊五郎)です。

 

落語には長屋を舞台にした噺が多いのですが、この長屋の住人の代表格が八っつぁん、熊さんです。八っつぁん、熊さんという具体名が出てくる噺もあれば、ハッキリと名前は出てこないものもあります。

 

落語になくてはならない登場人物、八っつぁん、熊さんの特徴を列記してみましょう。

 

1)職人である

 

大工、左官、植木屋、魚屋など、職業はいろいろですが、長屋に住んでいる腕のいい職人です。

 

2)学がなく、礼儀作法などの知識がない

 

職人としての腕はいいのですが、学がなく、礼儀作法などの知識がありません。文字も漢字が混ざったりしていると、あまり読めません。

 

3)おっちょこちょいである

 

性格は、基本的におっちょこちょいで、直情径行(ちょくじょうけいこう)型です。相手や周りの状況を気にすることなく、自分の感情のおもむくままに行動します。

 

ただし、分からないことはご隠居さんに聞きに行き、「なるほど」と思うことには素直に感心します。しかし、よく理解しないまま、かたちばかり真似ようとして失敗することが多々あります。

 

4)言葉遣いが乱暴

 

江戸っ子の職人なので、いわゆる下町の江戸言葉「べんらんめえ口調」で話します。これは巻き舌の早口で、とても乱暴に聞こえる口調です。怒った時の啖呵などは、まさに「立て板に水」というやつで、べらんめえ口調で一気にまくし立てます。また、長屋の住人は基本的に口が悪く、人の悪口もずけずけと言います。

 

落語をやっていて困るのは、この「べらんめえ口調」が無意識に口をついてしまうことです。日常生活で「てやんでえ、この野郎」とか「うるせえ、このクソ婆あ」などの言葉が出てしまうことがあり、周りからギョッとされることがあります(汗)。悪気はないのです、八っつぁんも、熊さんも、私も。

 

5)道楽に夢中になっている

 

必ずしも、そうではないのですが、いわゆる「飲む(酒)、打つ(博打)、買う(女)」の道楽にはまっているケースも多くあります。

 

八っつぁん、熊さんの登場する噺は、小噺が多いような印象がありますが、長編のネタも結構あります。「妾馬(めかうま)」という噺では、八っつぁんは妹のおかげで出世して、ついには武士にまでなってしまいます(妾馬の別タイトルは「八五郎出世」)。熊さんが主役の噺では、長編人情噺の「子別れ」、シュールな味わいの「粗忽長屋(そこつながや)」、その他「大山詣り」「崇徳院(すとくいん)」などがあります。

 

八っつぁん、熊さんの過剰なエネルギーが、笑いを引き起こす

 

八っつぁん、熊さん噺の中でも傑作なのは「崇徳院」です。

 

ある大店の若旦那が、原因不明の病で寝込んでしまい、生死をさまよっている。医者が診ても原因が分からないのだが、若旦那は「熊さんになら打ち明ける」という。やってきた熊さんが聞き出すと、「恋わずらい」だという。若旦那が一目惚れした相手は、どこかのお嬢さんで名前も分からない。そのお嬢さんは、桜の枝に短冊をかけて去っていった。短冊には、百人一首でおなじみの崇徳院の「瀬を早み 岩にせかるる滝川の」と書かれている。下の句は「われても末に 逢はむとぞ思う」。手掛かりはこれだけ。

 

息子の身を案じる大旦那は、熊さんにそのお嬢さんを探してくれるように頼む。見つけることができたら、褒美として、いま住んでいる三軒長屋を熊さんにあげると言う。このとてつもない褒美に、熊さんは大発奮。「瀬を早み~」と大声を出しながら、湯屋や髪床を探し回るのだが……。

 

今回、八っつぁん、熊さんのキャラクターについて列記していると、突然、漫才のやすしきよし横山やすしが脳裏に浮かびました。直情径行(ちょくじょうけいこう)型で、相手や周りの状況を気にすることなく、自分の感情のおもむくままに行動し、道楽(ボートレース)に夢中。言葉遣いは乱暴だけど、根は素直。おっちょこちょいで失敗することも多いけれども、職人(漫才師)としての腕は最高。「横山やすしという人は、実に落語の世界を地でいくような芸人だったのだなぁ」と感慨にふけりました。

 

八っつぁん、熊さんは、ときに過剰すぎるほど過剰なエネルギーで、落語の世界の中を走り回ります。そのエネルギーが、落語に大きな笑いを引き起こします。落語「崇徳院」をお楽しみください。

 

古今亭志ん朝崇徳院

 

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『一発屋芸人列伝』:ブームが去っても、戦い続ける芸人たちへの応援歌

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「プロとアマチュアの違いって何だろう」というテーマで、以前、こんなことを書きました。

 

将棋や囲碁のように、はっきりと勝敗のつく分野は容赦のない厳しい世界ですが、勝てないことで逆にあきらめがつくのかもしれません。落語家や役者は、勝ち負けのはっきりしない世界です。人気という漠然としたものが、才能のバロメーターになります。それは観客という他者の手にゆだねられているのです。

 

芸人の世界では、誰もが一度は人気者になることを夢見るでしょう。しかし、人気者になれる芸人は、ほんのひと握りであり、大半は名前も知られぬままの存在で終わります。

 

中には、学校や居酒屋、ネット上で彼らのギャグが飛び交い、フレーズが流行語になるような大ブレークを果たす者も現れます。しかしほとんどの場合、その流行は長くは続かず、テレビなどのメディアで、その姿を見かけることはなくなります。そのような芸人は、一発屋と呼ばれます。

 

一発屋と呼ばれる芸人たちの栄光と現在

 

一発屋芸人列伝』は、一度は世間に流行を巻き起こしたものの、表舞台から消えていった一発屋たちのその後をたどったノンフィクションです。筆者は、髭男爵というコンビで一世を風靡した山田ルイ53世。貴族のようなファッションに身を包み、ワイングラス片手に「ルネッサ~ンス」「○○やないか~~い」というフレーズで人気者となった髭男爵を、ご存じの方も多いと思います。現在、髭男爵をテレビで見かけるのは、一発屋芸人特集のみといってよいでしょう。つまりこの本は、書き手も一発屋なのです。

 

本書で取り上げられている芸人は、レイザーラモンHGコウメ太夫テツandトモジョイマンムーディ勝山天津・木村波田陽区ハローケイスケとにかく明るい安村キンタロー。髭男爵。一世を風靡した一発屋とそこまではいってない0.5発屋たちの、ブレークまでとブレーク後、そして現在をインタビュー形式で追っています。

 

本書を読んでいると、いくつか気付かされることがあります。

 

一発屋芸人と呼ばれる人達は“キャラ芸人”が多い。(p.18)

 

 

レイザーラモンHGはサングラスにレザーファッションのハードゲイ髭男爵はシルクハットにワイングラスの貴族、コウメ太夫大衆演劇の白塗りの女形波田陽区はギターを抱えた侍。確かに、一度見たら忘れられないようなビジュアルとそのキャラの吐く印象的なフレーズによって、全国区になった芸人ばかりです。

 

しかし、その印象的なキャラは、偶然に生まれたものではありません。例えば、髭男爵の「貴族」というキャラクターも、正統派の漫才では結果を出せず、10年にわたり鳴かず飛ばずの日々を送った末の、やむにやまれぬ決断から生まれたものだそうです。

 

本書に登場する芸人達は、「客にまったく受けない」「際立った特徴が何もない」などの致命的な欠点を克服するために悪戦苦闘し、その過程で客席のささやかな反応などを手掛かりにキャラを作り、ふくらませていきます。

 

こうして必死の思いで作り上げたキャラやフレーズが、何かのきっかけで注目され、ブレークを果たすわけですが、情報量がある臨界点に達すると、視聴者には「飽き」が生まれます。特にネットの発達した現在、一度注目されるようになると、その情報は驚異的なスピードで拡散します。しかし、その分、飽きられるスピードも早くなっています。

 

いまだに芸人として、もがき、戦い続ける者たち

 

本書は、「消えた」「死んだ」と揶揄される一発屋芸人たちが、いまだに芸人として戦い、もがき続けている姿を克明に描き出しています。

 

テレビでときどき放映される「一発屋芸人特集」は、売れっ子当時の収入と現在の収入を告白させて、そのギャップを笑うというような、冷笑的な視点で作られています。

 

日本人は、人が上昇していく姿に拍手を送るよりも、上昇した人間が落ちる姿を喜ぶ傾向があります。かつて人気を集めていたアイドルや芸人の現在の落ちぶれた姿を見て、「ざまあみろ」的な、意地悪な喜びを感じるようです。

 

これに比べ、本人も一発屋と呼ばれている著者・山田ルイ53世のまなざしは、冷静かつ客観的であり、根底にとても温かいものがあります。芸人達への「頑張れ」というエールが全編に感じられます。山田氏も、自分自身に同じ言葉をかけ続けているのでしょう。また、文中の芸人に対する記述も的確であり、独特のユーモアに包まれています。

 

本書に登場するのは、「毎日心がポキポキ折れる音が聞こえる」(ハローケイスケ p.154)ような日々を送りながらも、それでも芸人であることを捨てず、もがき続ける人たちです。

 

以前、私はプロの定義をこのように書きました。

 

生活のすべてを将棋や落語だけに捧げ、自分の才能と真剣に向き合い続け、それを長きに渡り継続することでしか、プロになる日は訪れない。そこだけは分野を問わず、変わらないものだという想いが去来しました。

 

一発屋と呼ばれる方たちの、芸人としての人生はまだ続いています。彼ら、彼女らは、いまだに自分の才能と向き合い続け、戦い続けています。その姿は間違いなく、プロフェッショナルと呼ぶに値するものだと思います。

 

一発屋芸人列伝』

山田ルイ53世(著)

新潮社

 

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江戸への旅路:落語『火事息子』~憧れの職業は町火消し

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があります。江戸は大火事が多くて火消しの働きぶりがはなばなしかったことと、江戸っ子は気が早いため派手な喧嘩が多かったことをいった言葉です。

 

とにかく江戸時代は火事が多かったようで、市街を焼き尽くした大火災も10回あります。なかでも有名なのが明暦3年(1657)の明暦の大火、いわゆる振袖火事(ふりそでかじ)です。振袖火事は、江戸時代最大の火災で、江戸城本丸御殿と天守閣が全焼したほか、大名・旗本屋敷1200以上、寺社350余が消失、町の被害はさらにひどく、死者は総計10万人以上にのぼりました。

 

この火事を契機に都市計画が見直され、江戸城周辺に集まっていた大名屋敷や寺社は郊外に移され、上野広小路など各所に火除地(ひよけち:延焼を防ぐための空き地)が設けられました。また、隅田川に両国橋を架けて、本所や深川に造成した埋立地を町方の避難所としました。

 

江戸っ子の憧れの職業は「町火消し

 

振袖火事の翌年には火消しが組織化されます。その後、享保3年(1718)、町奉行大岡忠相(おおおか・ただすけ)は町火消しを作り、同5年には、いろは四十八組を編成し、本格的な町火消制度を発足させました。いろは組とは、隅田川を境とした西側の区域に組織されたもので、隅田川東側の本所・深川には16組の火消組を置きました。同時に各組ごとに目印となる纏(まとい)と幟(のぼり)を定めました。ちなみに町火消しに要する費用は、すべて町の負担です。

 

当時の消防は現在と違い、燃えている家を潰したり、風下の家を引き倒して延焼を防ぐ破壊消防が主流で、町火消しの主力は鳶人足(とびにんそく)になっていきます。鳶人足は各組ごとに、頭(かしら)、纏持ち(まといもち)、梯子持ち(はしごもち)、平人足と階層化されていきます。

 

町火消しの数は最盛期には、1万人にものぼり、江戸消防の中心的役割を担ったそうです。

 

火消しになりたくて勘当される若旦那が登場する『火事息子』

 

「芝で生まれて 神田で育ち 今じゃ火消の纏持ち」。粋でいなせな町火消しの花形、纏持ちは江戸っ子のアイドル、憧れの職業だったそうです。

 

落語「火事息子」は、火消しになりたくて、とうとう勘当されてしまった若旦那が登場する噺。

 

神田の大きな質屋の近くで火事が起きた。ところが預かり物をしまっている蔵に、火よけの目塗りがしていない。大騒ぎで目塗りを始めるが、素人ばかりで仕事がはかどらない。そこへ屋根から屋根へ軽やかに飛び移りながら、一人の火消人足(通称、臥煙・がえん)が駆けつけてくる。体中に彫り物を入れたその人足こそ、火消しになりたいと家を飛び出し、勘当されて行方不明だった息子の徳三郎であった……。

 

八代目・林家正蔵古今亭志ん生古今亭志ん朝立川談志など多くの名人が手掛けていますが、今回は三遊亭圓生バージョンをご紹介します。志ん朝や談志のカラリとした高座に比べ、圓生は濃密で湿り気が多いのですが、それも味わい。ご堪能ください。

 

三遊亭圓生「火事息子」

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参考資料

東京消防庁:へらひん組がなかった「いろは四十八組」

東京消防庁<消防マメ知識><消防雑学事典>

 

『江戸の暮らし』山本博文(著)

日本文芸社

 

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太助セレクト落語 2018年10月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年9月後半から10月のお勧めの落語会をピックアップしました。秋は落語を聴くベストシーズンです。趣向を凝らした落語会もいろいろありますので、ぜひ足を運んでください。

 

第605回 三越落語会

日時:9月19日(水) 開演:18:00

料金:3,500円

出演

柳家さん喬「寝床」

瀧川鯉昇「武助馬」

入船亭扇遊「藁人形」

柳亭左龍「壺算」

三笑亭夢丸「富士詣り」

場所三越劇場三越前

問い合せ:0120-03-9354 (10:00~18:30)

古典落語の実力者揃いの豪華な落語会。古典落語を堪能したい方には絶対にお勧めです。太助、いち押しの左龍師匠、夢丸師匠も登場です!

 

通ごのみ「扇辰、白酒二人会」

日時:10月1日(月) 開演:18:30

料金:3,000円

出演:入船亭扇辰、桃月庵白酒

場所日本橋公会堂(水天宮前)

問い合せ:03-6277-7403

⇒定期的に行われている扇辰、白酒師匠の二人会。二人で二席ずつ演じますが、珍しい噺をかけてくれることも多い落語会です。あなたもこれで「通」への道を歩み出せるかも……。

 

落語教育委員会

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日時:10月19日(金) 開演:19:00

料金:3,600円

出演:三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎三遊亭兼好

場所:かめあり リリオホール

問い合せ:03-5785-0380

⇒個性派メンバーによる人気の落語三人会。落語の前のショートコントも笑えます。今回は亀有駅前のホールで開催されますので、お近くの方はこの機会にぜひ!

 

ぎやまん寄席「祝真打昇進 古今亭駒次の会」

日時:10月21日(日) 開演:18:45

料金:3,000円

出演古今亭駒次

場所湯島天神・参集殿

問い合せ:090-5785-3369

⇒2003年入門の古今亭駒次さん、ついに真打昇進です。新作落語の分野で、鉄道落語というジャンルも確立しました。不思議な駒次ワールドを一度、体験してみてください。

 

輝美男五(きびだんご)旗揚げ公演

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日時:10月23日(火) 開演:19:00

料金:3,000円

出演立川こはる(落語)、春風亭ぴっかり☆(落語)、一龍斎貞鏡(講談)、鏡味味千代(太神楽)、林家つる子(落語)

場所:成城ホール

問い合せ:03-3482-1313

⇒5人の女性芸人がユニットを結成。演芸だけでなく歌、踊り、演劇など、さまざまなエンタテインメントに挑戦していくそうです。旗揚げ公演のタイトルは「成城稿花紅彩画(せいじょうぞうし はなのにしきえ) 伊達姿五人男」。なんだか楽しそうなので、お知らせしますね♪

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。

 

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夜、寝る前に聞きたい落語ベスト5

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。仕事から疲れて帰り、夕飯を食べて寝るだけの毎日という方も多いかと思います。そんなときは体だけでなく脳も疲れきっているので、難しいことは一切考えたくないし、テレビのニュースさえ見たくないものです。ただ、そのまま布団に入っても、「仕事脳」がオフになっていないので寝つけないことがよくあります。

 

そんなときにお勧めなのが、寝る前の落語です。のんびりとした口調の落語家さんが語る、のんきな噺(はなし)を聴いていると、脳がリラックスしていくのが実感できますよ。毎晩、寝つけないでお悩みのアナタ。ぜひ、お試しください!

 

柳家小さん「笠碁」

 

碁が大好きな商家の旦那二人。両人とも下手くそだが、子供の頃から仲が良く、実力も同じくらいなので毎日のように囲碁を打っている。ところがある日、「待った」「待てない」の言い合いから喧嘩になり、絶交してしまうことに。数日は我慢ができたのだが、二人とも碁が打ちたくてたまらない。一方の旦那は、とうとう我慢ができず偵察に出かけることに……。ご隠居二人の友情が微笑ましい落語です。

 

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金原亭馬生「目黒のさんま」

 

秋晴れのある日。お殿様が家来を連れて乗馬で遠乗りをする。一生懸命、運動をしたのでお腹がペコペコになるのだが、あいにく弁当の用意をしていない。そこへ近くの農家から、さんまを焼くいい匂い。さんまを食べたことのないお殿様は、大いに食欲をそそられる。そこで家来が農家に行き、さんまとご飯を買い取って、殿様に差し出す。汗を流し、空腹だった殿様は、そのうまさに大いに驚く……。

 

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古今亭志ん生「あくび指南」

 

最近、町内にできた「あくび指南所」。好奇心旺盛な熊さんが、しぶる友人を連れて体験入学する。出てきた師匠は、品の良い老人。まずは「夏のあくび」の稽古から始めるのだが、どうしても熊さんは脱線してしまう……。志ん生ののんびりしたテンポを楽しんでください。

 

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春風亭柳橋「青菜」

 

お屋敷で仕事中の植木屋さん。ひと休みしていると主人が、酒や鯉の洗いをふるまってくれる。さらに主人が菜をふるまおうと奥に声をかけると、奥さんが「鞍馬山(くらまやま)から牛若丸が出でまして、名を九郎判官(くろうほうがん)」と返事する。それに対して主人も「義経にしておきな」と返す。実はこれはシャレで、「菜は食べてしまってない」「それではよしておこう」という隠し言葉。すっかり感心した植木屋さんは、この会話を自分の家でやってみたくなる。友達の熊を自宅に呼んで、さっそく始めるのだが……。

 

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桂文楽「よかちょろ」

 

道楽者の若旦那。お金の回収に行ったまま戻ってこないで、吉原に入り浸っている。父親は大変なご立腹。帰って来た息子に説教を始めるが、息子はヘラヘラと笑って、まったく反省する様子がない。回収したはずの二百円という大金もすべて使ってしまったという。使い道を問いただすと、「よかちょろ」に使ったといい加減な回答。旦那は腹立ちまぎれに奥さんとも喧嘩を始めてしまう……。

 

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ビートたけし『やっぱ志ん生だな!』:たけしが認める落語家の最高傑作・志ん生

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。『やっぱ志ん生だな!』は、ビートたけしが敬愛する古今亭志ん生(ここんてい・しんしょう)のすばらしさについて語りつくした本です。

 

志ん生さんに勝っている落語家っていまだに見たことがないんだよ。芸人全般を見渡したって、皆無なんじゃないか。(中略)「時代とともに人間は進化する」と言われるけど、それって人間が進化しているというよりは、時代ごとに天才が現れて、世の中を便利にしているだけじゃないかと思う。(中略)志ん生さんの芸にもそういうところがあると思う。いきなりポッと出て、何かを変えてしまった人なんだよな。(p.4)

 

たけしは以前から、古今亭志ん生を敬愛し、志ん生のような芸人になりたいと語っています。

 

昭和の名人と称される志ん生は1890年神田の生まれ。五代目・古今亭志ん生を襲名するまでに、講釈師への転向も含め、16回もの改名をします。1956年「お直し」で芸術祭賞受賞。十代目・金原亭馬生、三代目・古今亭志ん朝の父。1961年、脳出血で倒れるも翌年復帰して、1968年まで高座を務めます。

 

 

志ん生のすばらしさについて、たけしはいくつかの魅力を述べています。

 

(1)発想力

 

たけしは、志ん生飛びぬけた発想力について語っています。発想や展開が「ぶっ飛んでいる」だけでなく、想像力をかき立てるようなうまさがあると言います。志ん生のこんな小噺を例に挙げています。

 

「でっかいナスの夢を見たよ」

「どんくらい?」

「とにかくでかい。家とかそんなもんじゃない」

「町内くらいか」

「いや、もっと大きい」

「ええっ? そんなにかい」

「もう暗闇にヘタをつけたような」(p.26)

 

 

聞き手の想像力の幅を広げ、空間が見えてくる卓越した力量を備えているのですね。

 

(2)心地よいテンポと間

 

最近の落語家さんの話すテンポは、どんどん速くなっています。現在の落語家に比べて、志ん生のテンポはとてもゆっくりしています。しかし、この独特のテンポと「間」が、何とも言えない心地よさを生み出していると指摘します。

 

志ん生はイベントの高座で倒れて、その後復帰するのですが、復帰後は活舌(かつぜつ)も悪くなり、テンポもかなり遅くなります。しかし、その高座さえも「晩年にスピードは落ちるが、間が研ぎ澄まされてくる」と賞賛します。

 

確かに、近頃の若手の落語家さんの中には、あまりに語りのスピードが速すぎて、観客を置いてきぼりにしているような人もいます。志ん生のゆったりとしたテンポや、「あ~」とか「う~」とか言ってる独特の間は、ぬるい風呂にのんびり使っているような独特の心地よさがありますね。

 

(3)つねに新しいことを試していく

 

志ん生は「晩年に至っても、まだ新しいことを試そうとしていた」とたけしは指摘します。晩年になって、何をやっても許されるような立場になっても、新しいマクラを作ったり、サゲを変えたりしている志ん生について

 

志ん生さんは人間国宝みたいな扱われ方をされるのがイヤだったんだろうね。

常に自分は現役だというふうに言い聞かせているから、新しい小噺なんかもバンバンつくっていた。(p.132)

 

 

これは、とてもいい言葉ですね。国宝として有難がられ、手を合わせられるよりも、最後まで芸人として笑わせ、笑われたかったのですね。

 

ビートたけし志ん生の勝負

 

ビートたけしは、芸人として「志ん生のような境地」を理想としていることがよく分かる著書です。晩年の志ん生のように、何を言っているかよく分からなくても、出てくるだけでおもしろい芸人。体が悪かろうが、頭がボケてこようが舞台に立ち続ける芸人。そこに至るために、たけしは落語にも挑戦し、ライブも続けると言います。

 

私は志ん生を、落語界の「フリージャズの天才」としてとらえています。落語のストーリーの大枠だけ踏襲し、内部は好きなように遊び、独自の世界を作っていきます。志ん生の分身のように思える登場人物たちは、楽しげにはじけ、動き回ります。しかし、これも売れなかった長い時間の中で、型を学び、作り、壊し、再構築する努力の継続があったからこそ行きついた境地なのだと思います。

 

「たけしは出てくるだけで、なんか面白いな」といわれるところまで、行きつけるか。それが、たけしと志ん生の残された勝負なのだそうです。志ん生への敬愛と、「笑わせる芸人」であり続けたいたけしの心意気があふれ出している一冊でした。

 

志ん生ファンの太助も同じことを言わせてもらいます。

 

「やっぱ志ん生だよ!」 ぜひ、聴いてみてください!

 

 古今亭志ん生「富久」

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『やっぱ志ん生だな!』

ビートたけし(著)

フィルムアート社

 

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なぜ野球の応援は、同じ振り付けで歌って、踊るのだろうか?

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語会に行くと、落語家さんは素晴らしいのに観客がとても少ないことがよくあります。そんな時、「落語にもっと観客が来るには、どうすればいいのだろうか?」と考えます。

 

現在、観客の動員数が多い娯楽は、プロ野球や人気ミュージシャンのコンサートなどが頭に浮かびます。人気のある球団やミュージシャンは、何万人という単位での観客動員が可能です。

 

野球やコンサートで、ファンはなぜ同じ振りで動き、声を揃えるのか?

 

私はプロ野球では、ヤクルトロッテを長年、応援してきました。この2球団の組み合わせを「なぜ?」と思う方がいるかもしれません。私は生まれも育ちも東京です(現在は千葉県在住)。東京生まれでアンチ巨人派は、ヤクルトファンに結構、流れます。またロッテは、その昔、東京・南千住にあった東京スタジアムというおんぼろ球場をホームとする在京球団でした(当時はロッテ・オリオンズ)。小学生の時分、都電荒川線というチンチン電車に乗って、オリオンズの応援に通ったものです。

 

ヤクルトとロッテは、たまに強くなる時もありますが、基本的にBクラスが定位置の弱小球団です。長年付き合っているファンは、あまり勝ち負けに一喜一憂しません。この淡々としている感じが好きで、応援してきました。

 

その後、千葉県に移住すると共に、千葉ロッテマリーンズの応援を続けました。しかし、何度か球場に足を運ぶうちに、ファンの応援に違和感を感じるようになりました。

 

そこでは、みんなが同じ格好をし、同じ振りで動き、声を揃えて応援するのです。

 

落語はなぜ、数万の観客を動員できないのか?

 

写真入りのファン冊子を見て分かったのですが、レギュラーメンバーごとに細かく振りや声援が決められているのです。この選手がバッターボックスに立った時にはタオルを振りながらジャンプする、この若手選手が登場したら名前で呼んで「ゴー、ゴー」と叫ぶ、のように定まっています。初めて応援に行った人は、一緒に応援はできません。決められた振りや声援するタイミングが分かりませんから。

 

みんなと同じ振りができないと、まるで自分が「にわかファン」のように思えてしまいます。数十年、ロッテを応援してきているのに……。

 

いつから野球は、このように、みんなが同一の振りと発声で応援するようになったのでしょうか? アメリカで野球を観戦したことがある方はご存じと思いますが、みんなが同じ振り付けで飛んだり、歌ったりすることはほとんどありません。球団のユニホームを着ている人はいますが、基本的にみんな勝手に楽しんでいます。

 

日本では、人気ミュージシャンのコンサートでも、みんなが同じ振り付けで、ジャンプしたり、タオルを振ったりするようになりました。

 

野球を観戦したり、音楽を聴くという本来の目的以外に、みんなが同じ振り付けで動き、声援することが、観客動員の必須要素になっているような気がします。

 

同じ対象を一緒に応援するという仲間意識、声を揃えて同じ行動をする参加意識、さらに細かい振り付けまで覚えているという優越感。単なる観戦だけでなく、そのようなものを味わいたいがために、球場に足を運ぶ人も多いのでしょう。

 

インターネットやモバイルの普及と共に、このような傾向が、より強まって来たような気がします。リアルな人間関係で、一体感や参加意識を感じられる場がなくなってきているせいかもしれません。サッカーのワールドカップの時期になると、渋谷の交差点に大勢が集まり、嬉しそうにハイタッチしているニュースを見ると、そのような感が強まります。

 

そして、娯楽でさえも日本人は統制された同じ動きをするのが好きなのだなぁ、と感じます。

 

このように考えると落語は、現代の日本において数万という観客を集めるには、不向きな娯楽といえるでしょう。なぜなら、落語は「笑い」を強制するものではありません。観客それぞれが、場面や登場人物を勝手に空想して好きな個所で笑う、ある意味、自由度の高い娯楽です。そこでは、拍手や立ち上がることを強要されることはありません。

 

あるプロの落語家さんに聞いたところ、「観客は100名くらいがちょうどよい」とおっしゃっていました。マイクやライトのない時代に生まれた落語は、肉声が全員に行き渡る、大きな車座ができるくらいのサイズが適当な芸能なのかもしれません。

 

しかし……、みんなで声を揃えて歌ったり、手拍子する必要はないのですが、「もう少し観客が入らないかなぁ」と思う今日この頃なのです。

 

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落語の名作「品川心中」:あたしもそのうち行きますから。さよなら、失礼~

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。今回は落語の名作「品川心中」を紹介します。かつては店のナンバーワンだった女郎・お染が、金の工面ができないために心中を決意します。その相手に選ばれたのが、頼りにならない男、金蔵。映画「幕末太陽傳」でも、サブストーリーとして登場する傑作落語です。

 

品川心中のあらすじ

 

上段

 

1)品川宿白木屋で長年、板頭(いたがしら:遊郭の最上位の遊女)を務めてきたお染。寄る年波には勝てず客が減り、紋日(もんび:五節句など、江戸時代の遊郭で特に定めた日)に必要な金の工面ができない。

 

勝気なお染めは、思い切って死のうと思うが、一人で死んだのでは、金に困って死んだと言われて悔しい。「いっそ心中にしよう」と決め、相手に選んだのが貸本屋の金蔵。「金蔵はひとり者で、ポォ~としてて、居ても居なくても同じような人だから」というのが選んだ理由。

 

2)相談ごとがあるからと手紙を書くと、金蔵、喜んで品川へ飛んで来た。「四十両の金ができず、死ななければならない」というお染。金を持っていない金蔵に、お染は「一緒に死んでくれ」と頼み込み、なんとか説き伏せる。その夜は至れり尽くせりのもてなしで、金蔵も心中を決意する。

 

3)翌朝、金蔵は家の物を道具屋に売り払い、長年、世話になった親分の家へ、別れの挨拶に行く。行く先を尋ねる親分に、金蔵は「西の方へ」と答える。「いつ帰ってくるんだ」という質問には、「お盆の十三日」。とんちんかんなやりとりをし、金蔵は立ち去る。

 

4)夕暮れ時、首を長くして待っているお染のもとへ金蔵が現れる。金蔵は「今夜はお別れだから、うんと飲んで食って騒ごう」と言い、大酒飲んで寝てしまう。夜中、お染は金蔵を揺り起し、店の裏庭から海岸の桟橋へと連れ出す。海に飛び込む決心がつかずガタガタ震えている金蔵を、お染は思い切って突き落とす。

 

もんどり打って海へ落ちた金蔵に続いてお染が飛び込もうとすると、駆けつけてきた若い衆がそれを押さえ、「番町の旦那が金持って来て、待ってんだよ」。これを聞いたお染、海に向かって手を合わせ「お金ができたっていうから、あたしもいろいろとやる事があるの。ごめんね、金さん。ひと足先に行ってておくれ。あたしもそのうち行きますから。さよなら、失礼~」と店に戻ってしまう。

 

5)泳げない金蔵は、おぼれながらも必死の思いで杭につかまり立ち上がると、品川の海は遠浅で膝までの深さしかない。ざんばら髪で、頭に海藻、顔は傷だらけ。濡れてドロドロになった白装束で這い上がり、親分の家にたどり着き、戸を叩く。親分の家では、ちょうど博打の真っ最中。手入れが入ったと大あわてする若い衆。梁に駆け上がったり、かまどに頭をつっこんだり、台所の漬物のツボに落ちたりと大騒ぎ。

 

戸を開けると白い着物のお化けのような金蔵が立っている。疲れた金蔵は、その夜は親分のところで寝てしまう。

 

下段

 

6)翌朝、顛末を聞いた親分は、お染に仕返しをしてやろうという。段取りを打合せ、金蔵は閉店間際の白木屋に青い顔で現れる。幽霊かと驚いたお染に、陰気な声で縁起の悪いことをブツブツ言い、気分が悪いから寝かせてくれと、奥の間に引きこもる。

 

7)そこへ親分と、金蔵の弟になりすました子分が現れる。死体で見つかった金蔵の体からお染との起請文(きしょうもん:江戸時代に男女間の愛情が変わらないことを誓って書いた文書)が出てきたという。お染は「そんなおどかしは通じない、金さんは部屋で寝ている」とせせら笑う。お染が金蔵の寝ている部屋に案内すると、布団はも抜けの殻で、中には「大食院好色信士」の位牌がひとつ。

 

さすがのお染も青くなり、一部始終を打ち明ける。親分は「金蔵は恨んでお前を取り殺す。せめて髪でも切って謝って、供養しろ」とせまる。お染が恐ろしさのあまり、根元からぷっつり髪を切り、さらに回向料として五両出したところで、金蔵が登場。「頭の毛まで切っちまうとはひどいじゃあないか」と怒るお染に、親分は言う。

 

「お染、お前があんまり客を釣るから、比丘(びく・魚籠)にされたんだ」

 

滅多に演じられることのない下段

 

品川は東海道の起点として栄えた町です。宿場町には遊郭がつきもので、江戸の北にある吉原が「北国」、品川は「南」と呼ばれました。

 

「品川心中」は廓噺(くるわばなし)の大ネタで、古今亭志ん生古今亭志ん朝三遊亭圓生立川談志などの名人が手掛けています。ただし後編はストーリーが陰気で、落語のオチも分かりづらいため、滅多に演じられることがありません。オチは尼さんの比丘尼(びくに)と、魚釣りに使う魚籠(びく)という音の似たものによる地口(じぐち)オチというものですが、残念ながら現代の人にはピンとこないオチです。

 

上段の金蔵が親分の家に現れ、若い衆がドタバタと逃げ隠れるシーンで終わることが多いようです。

 

この噺のあらすじだけ書き出すと、主人公のお染はとてもプライドが高く、身勝手で、酷薄な女郎のように思えます。それを、チャッカリしているけれど、どこか憎めない魅力ある女性として演じるには、名人・上手の手腕が必要です。

 

太助は昔、五代目・古今亭志ん生の「品川心中」上段をカセットテープで聴いたとき、笑わせて笑わせて、ストーンと落とすオチに感服した覚えがあります。「落とし噺」と言われる意味を、初めて体感できた噺でした。

 

腹の座った女郎・お染と小心者の金蔵の対比がおもしろい「品川心中」。ぜひ一度、味わってみてください。

 

古今亭志ん朝「品川心中」

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落語を続ける人、落語をやめてしまう人

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語教室に通い始めて3年目となり、いまではベテランと呼ばれるようになってきました。

 

落語を始めようという方はとても多いのですが、1、2回でやめてしまう人もたくさんいます。続ける人とやめてしまう人の違いは何でしょうか?

 

落語を長く続ける方は、当たり前のようですが落語好きです。お気に入りの落語家がいて、好きな演目があり、いつかその演目をやってみたいという人は、かなりの確率で落語を続けていきます。

 

落語を始める場合、最初は登場人物も少なく、場面転換もない、いわゆる前座噺から入ります。そして、いろいろな噺に挑戦することで、演じられるキャラクターが少しずつ増えていき、登場人物や場面転換の多い長編噺も語れるようになっていきます。

 

それは、登山を始めた人が低い山からスタートし、しだいに憧れの高い山に登れるようになっていくのにも似ています。

 

落語をまったく聞いたことがないという方が、教室に入ってくることもあります。しかし、なかなか長続きはしないようです。1、2回で「自分は落語に向かない」と決めてしまう方も多いのですが、次の演目選びに困ってやめてしまう方も大勢います。師匠が演目選びのアドバイスをしてくれることもありますが、言われるがままやっている人は、たいてい長続きしません。

 

落語に対して好き嫌いやこだわりのない人は、どうも長続きしないようなのです。

 

「いつの日にか、やりたいことがある」ことの大切さ

 

「いつか、やりたいことがある」ことは、何かを継続していくことの大きな原動力になると思います。演劇、映画、テレビなどで活躍する三谷幸喜氏のインタビュー集三谷幸喜 創作を語る』という本を読んでいると、このことを痛感します。

 

ハリウッド映画のようなオシャレなコメディーや「シットコム」と呼ばれる舞台的な作りのシチュエーションコメディに対して、三谷氏はとても強い愛着を持っています。シットコムとは聞きなれない言葉ですが、昔テレビで放映されていた『アイ・ラブ・ルーシー』や『奥様は魔女』のようなアメリカのコメディーを指すそうです。

 

シットコムの約束事は“登場人物が誰も成長しない”こと。毎週、事件が起こるけど、翌週には登場人物がみんな事件を忘れてまた同じようなことで大騒ぎをする。成長したらいけない。さすがに『奥さまは魔女』みたいに笑い声を入れたり出来ないけど、ドタバタコメディードラマをやりたいと。(p.88)

 

 

三谷氏のシットコムに対する思い入れは強く、日本でなんとかシットコムをやりたくて、テレビドラマで何回も挑戦し、失敗を重ねます。

 

私は、『奥様は魔女』のような笑い声の入る昔のアメリカのコメディーは嫌いなので、三谷氏の思い入れは、いまひとつピンときません。しかし、このような強い愛着が、彼の創作の原動力になっていることは間違いありません。

 

訴えたいテーマありきで作品を作るのではなく、かつて自分が楽しんだ世界をなんとか伝えたい、再現したいという気持ちが、三谷氏のドラマ作りの強力なエンジンになっているのです。

 

三谷氏は経験と実績を積むことで、「次はこの役者に、こんなコメディーをやらせたい」というように願望をさらに膨らませていきます。それがまた、次の創作の原動力になっていくのです。

 

落語でもスポーツでも、何か憧れるものや愛着するものがあり、そこに近づくための目標ができたとき、人はコツコツと、地道な努力を継続できるのではないでしょうか。

 

私は、古今亭志ん朝『品川心中』という噺を、いつの日にか語ってみたいと思っています。そのためには廓(くるわ)の描写、落ち目になった女郎の悲哀、心中の道連れにされてしまう間抜けな男、ばくちをやっている若い衆たち(=集団シーン)、そして品川の光景、そういったたくさんのものを語れなければなりません。しかし、こうしたいくつもの山を超えてでも、ぜひこの噺を演じてみたいという強い欲求があります。この欲求がある限り、まだまだ落語を続けられそうな気がしています。

 

 

三谷幸喜 創作を語る』

三谷幸喜松野大介(著)

講談社

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太助セレクト落語 2018年9月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年9月のお勧めの落語会をピックアップしました。まだまだ厳しい暑さの続く9月ですが、落語を聴いてクールダウン! 秋の噺が、しだいに増えてくるので楽しみです。

 

特撰落語名人会「さん喬、扇辰、白酒」

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日時:9月15日(土) 開演:18:30

料金:3,600円

出演柳家さん喬、入船亭扇辰、桃月庵白酒

場所:タワーホール船堀(都営新宿線船堀駅

問い合せ:03-6240-1052

https://www.eifuru.com/ticket/343

⇒古典の名手、さん喬、扇辰、白酒がそろい踏み。落語初心者の方もこのメンバーだったら、間違いなく楽しめますよ。

 

第20回 平成特選寄席

日時:9月19日(水) 開演:19:00

料金:3,500円

出演:橘屋文蔵、古今亭菊之丞三遊亭兼好

場所赤坂区民センター

問い合せ:03-5483-0085

⇒次の名人・上手は、この三人かもしれません。それぞれの持ち味があり、甲乙つけがたい魅力があります。ぜひ、ご自分の目でお確かめください。

 

入船亭扇遊を聴く会

日時:9月22日(土) 開演:18:30

料金:3,000円

出演:入船亭扇遊

場所お江戸日本橋亭三越前

問い合せ:090-2705-9694

⇒扇遊師匠は、時代劇でも通用するような男前。ハッキリとした語り口。着物のセンスも、すごくいいんです。さっぱりとした後味の古典落語は、まさに江戸前

 

第34回 かまくら名人劇場「よったり寄ったり競演会」

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日時:9月24日(月・祝) 開演:14:00

料金:3,500円

出演柳亭市馬桂雀々桃月庵白酒立川談笑、鏡味味千代(太神楽曲芸)

場所鎌倉芸術館

問い合せ:0120-1192-40

http://www.kamakura-arts.jp/calendar/2018/09/029937.html

鎌倉芸術館人気の長寿企画。8月、9月、10月と3本立ての公演です。にぎやかに盛り上げてくれる落語家さんが勢ぞろい。近辺の方はぜひ!

 

らくご長屋「鯉昇、兼好二人会」

日時:10月1日(月) 開演:19:00

料金:3,200円

出演瀧川鯉昇三遊亭兼好

場所なかの芸能小劇場

問い合せ:03-6304-8545

⇒どんな相手と共演しても、フワッと包み込むように自分の世界を展開する鯉昇師匠。一段と華を備えてきた兼好師匠。平日夜ですが、中野周辺の方は仕事帰りにいかがでしょうか。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。