落語はビジネスにも役立つ!「笑う力」を身につけたい

アマチュア落語家・太助が、落語の魅力を考えます。

太助セレクト落語 2018年11月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年11月のお勧めの落語会をピックアップしました。暑さがやわらいできたと思ったら、早くも年末の情報をお届けする季節になってしまいました。11月はめずらしい組み合わせの落語会も登場します。チケット予約はお早めに!

 

道楽亭出張寄席

立川こはる春風亭百栄師の胸を借りる」

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日時:11月4日(日) 開演:18:00

料金:2,500円

出演立川こはる春風亭百栄

場所お江戸日本橋亭三越前

問い合せ:03-6457-8366

⇒旬の若手噺家が,尊敬する師匠の胸を借りるシリーズ。今回は立川こはるが、古典・新作両刀遣いの爆笑王春風亭百栄師匠の胸を借ります。いつも元気いっぱいの立川こはるが、何かを得るのか? それとも叩きのめされるのか!

「道楽亭出張寄席」専用予約フォーム

http://dourakutei.com/schedule/reservation_a/

 

二人三客の会

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日時:11月9日(金) 開演:19:00

料金:3,100円

出演:入船亭扇遊、瀧川鯉昇、ゲスト・三笑亭夢丸、江戸家小猫

場所横浜にぎわい座

問い合せ:045-231-2515

⇒先日の三越落語会でも、扇遊、鯉昇師匠の組み合わせのおもしろさを堪能しました。粋な古典落語の世界を楽しみたいのなら、ぜひこの落語会に足を運んでください。ゲストの夢丸師匠もいち押しです!

横浜にぎわい座チケット購入

http://nigiwaiza.yafjp.org/ticket/

 

新風落語会「めざせ! 芸能ホール独演会」

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日時:11月13日(火) 開演:19:00

料金:3,100円

出演:三遊亭わん丈、立川こはる桂宮治、ゲスト・三遊亭兼好

場所横浜にぎわい座

問い合せ:045-231-2515

⇒のげシャーレで独演会を行っている若手精鋭が、芸能ホールでの独演会を目指して競います。ゲストは、のげシャーレから見事、芸能ホールでの独演会へとステップアップを果たした三遊亭兼好師匠です。

横浜にぎわい座チケット購入

http://nigiwaiza.yafjp.org/ticket/

 

談志まつり2018「立川談志追善 特別公演」

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日時:11月20日(火)17:00、21日(水)12:00、21日(水)17:00

料金:各4,500円

出演

20日(火)立川談四楼立川談笑立川ぜん馬立川キウイ立川談慶、立川平林

21日(水)12:00 立川龍志立川談之助立川志らく立川雲水立川談修立川談吉

21日(水)17:00 土橋亭里う馬立川談春、立川生志、立川志の輔立川志遊立川小談志

場所:よみうりホール(有楽町)

問い合せ:03-5785-0380

⇒今年も立川談志の命日に合わせて「談志まつり2018」が開催されます。談志直弟子全員による追善落語会に加えて、さまざまなゲストも登場。今回のゲストは、Mr.マリック/超魔術(20日夜)、ピコ太郎/歌(21日昼)が出演します。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。

三越落語会(第605回):さん喬、鯉昇、左龍、扇遊、夢丸 古典の名手が一堂に!

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年9月19日、三越落語会に足を運びました。長い歴史のある落語会で、今回でなんと605回。出演は、三笑亭夢丸(さんしょうてい・ゆめまる)、柳亭左龍(りゅうてい・さりゅう)、入船亭扇遊(いりふねてい・せんゆう)、瀧川鯉昇(たきがわ・りしょう)、柳家さん喬(やなぎや・さんきょう)。

 

なんとまあ豪華な! 古典落語の名手が勢ぞろいです。太助のいち推しの落語家、夢丸、左龍、扇遊、鯉昇を一度に観られるなんて、滅多にないこと。期待に胸をふくらませて、日本橋三越本店6階の三越劇場に足を運びました。

 

三越劇場は、世界でも珍しい百貨店内にある劇場です。1927年(昭和2年)に作られたホールは、ステンドグラスをはめ込んだ天井や、大理石と石膏彫刻で作られた周壁などが、開場当時のままの姿で保たれています。良く言えば重厚、悪く言えば古くさいホールです。昔ながらの劇場なので客席に傾斜がなく、座席の各列がずらしてあるなどの配慮もないため、自分の前に大きな人が座ってしまうとかなり見づらくなります。

 

古典落語5人の名手による夢のような競演

 

18:00の開演で、トップバッターは三笑亭夢丸師匠。愛くるしい童顔と小気味のよい活舌で語るは「富士詣り(ふじまいり)」。長屋の連中が「六根清浄、お山は晴天」と唱えながら、ヨタヨタと富士山を登っている。すると急に雲行きがあやしくなり、暗くなってきた。五戒を犯した者がいると、山の神様の怒りに触れ、山が荒れるのだ。懺悔して許しを乞わないと、天狗に股を裂かれると先達さんは言う。一行は、それぞれ自分の罪を懺悔し始めるのだが……。夢丸師匠が登場すると、とにかく場がパッと明るくなります。30代半ばで、名手揃いの今回のメンバーに選出されていることをみても、その評価の高さがうかがえます。時間の関係か、終盤、駆け足での語りになってしまったことは残念ですが、夢丸師匠らしい明るい高座を楽しめました。

 

二席目は、太助お勧めの柳亭左龍師匠まんまるな顔とクリクリした目のユニークな顔立ち。風貌に似合わぬ、よく通る声と切れのいい口調。本日の演目は「壺算(つぼざん)」。友達に頼まれて、水がめを買いに来た熊さん。二人が買いたいのは二荷(にか)の大きな水がめ。ところが熊さん、最初に一荷(いっか)の水がめを値切り倒して3円で購入。辺りをぐるり一周してから店に戻り、「買う壺を間違えたから、この一荷のかめを下取りしてもらい、二荷のつぼを買いたい」と店主に告げる。頭が混乱した主人は、熊さんに言いくるめられていく……。左龍師は、メリハリの効いた口調で、場を大いに盛り上げていました。

 

三席目の入船亭扇遊師匠は「藁人形(わらにんぎょう)」。女郎のお熊に隠し金をだまし取られた願人坊主(がんにんぼうず)の西念。あまりの悔しさに呪いの藁人形で、恨みを晴らそうとする……。なかなか聴く機会のない珍しい噺で、「黄金餅(こがねもち)」などにも通じるドロドロとしたダークな落語です。夢丸、左龍師匠が温めた客席が、扇遊師のキリっとした口調で引き締まった空気に一変します。ハラハラさせながらも過度に暗くならず、終盤では少し笑いの要素も入れての興味深い高座でした。

 

江戸の世界にとっぷりと浸かることができる至福の時間

 

三越落語会は、弁当付き団体客のために仲入り(途中休憩)が25分もあり、ビールなども劇場内で売られます。慣れた方は、お弁当を用意しての鑑賞です。

 

仲入り後の登場は、瀧川鯉昇師匠。「桂 米丸師匠は幼少時に黒船を見たと言われている」など、おなじみのマクラで大きな笑いを取ります。本日の演目は「武助馬(ぶすけうま)」。旦那のところにかつての奉公人・武助が久しぶりに訪れる。いろいろな職業を経て、いまは役者になったという。しかし話しを聞いてみると、動物の役ばかり。当地に興行に訪れたのだが、役は馬の後ろ足。旦那は知人を引き連れて、武助の芝居見物に行ってやるのだが……。この噺もなかなか聴く機会のない珍しい落語です。武助やオンボロ一座のダメっぷりが、鯉昇師のほんわりとした口調で、ほのぼのと楽しく描き出されます。この日、もっとも笑いをとっていた一席でした。

 

トリは柳家さん喬師匠で「寝床」。義太夫好きの旦那が、自分の店で独演会を開こうとしている。いつも貸している長屋の連中を招待しているのだが、旦那の義太夫がひどすぎるため、みんないろいろな理由をつけては欠席しようとする。怒った旦那は「貸している家から、すぐに出ていけ!」と大変なご立腹。番頭がとりなして、義太夫の会が始まるが……。さん喬バージョンの「寝床」は、旦那の下手な義太夫を観客にたっぷり聴かせます。旦那が「オエッ、オエッ」と吐きそうな声を出して練習するシーンでは、観客を大いに笑わせていました。さん喬版「寝床」をたっぷりと堪能しました。

 

出演者全員が古典落語の名手揃い。スマートフォンやAKBが登場するようなカタカナギャグを入れる演者は一人もいません。落語の名手は、客を無理やり笑わせようとするのではなく、噺を聴かせようとするのですね。勉強になります。

 

それぞれの世界、スタイルが確立していて、まさに甲乙つけがたい高座ばかり。江戸の世界にとっぷりと浸かることができる至福の時間。豪華な一夜を過ごさせていただきました。三越落語会に感謝、感謝です。

 

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瀧川鯉昇「武助馬」

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落語の登場人物:八っつぁん、熊さんのエネルギーが「笑い」を巻き起こす!

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語によく出てくる登場人物は、大体決まっています。長屋の八っつぁん、熊さん、ご隠居さん、おかみさんと子供。商家の大旦那、若旦那、番頭さん。廓噺(くるわばなし)の花魁(おいらん)や幇間(ほうかん)。おなじみのメンバーですが、あなたの周りにも、きっと似たような人がいるはずです。ぜひ、探してみてください。今回紹介する登場人物は、八っつぁん八五郎)、熊さん熊五郎)です。

 

落語には長屋を舞台にした噺が多いのですが、この長屋の住人の代表格が八っつぁん、熊さんです。八っつぁん、熊さんという具体名が出てくる噺もあれば、ハッキリと名前は出てこないものもあります。

 

落語になくてはならない登場人物、八っつぁん、熊さんの特徴を列記してみましょう。

 

1)職人である

 

大工、左官、植木屋、魚屋など、職業はいろいろですが、長屋に住んでいる腕のいい職人です。

 

2)学がなく、礼儀作法などの知識がない

 

職人としての腕はいいのですが、学がなく、礼儀作法などの知識がありません。文字も漢字が混ざったりしていると、あまり読めません。

 

3)おっちょこちょいである

 

性格は、基本的におっちょこちょいで、直情径行(ちょくじょうけいこう)型です。相手や周りの状況を気にすることなく、自分の感情のおもむくままに行動します。

 

ただし、分からないことはご隠居さんに聞きに行き、「なるほど」と思うことには素直に感心します。しかし、よく理解しないまま、かたちばかり真似ようとして失敗することが多々あります。

 

4)言葉遣いが乱暴

 

江戸っ子の職人なので、いわゆる下町の江戸言葉「べんらんめえ口調」で話します。これは巻き舌の早口で、とても乱暴に聞こえる口調です。怒った時の啖呵などは、まさに「立て板に水」というやつで、べらんめえ口調で一気にまくし立てます。また、長屋の住人は基本的に口が悪く、人の悪口もずけずけと言います。

 

落語をやっていて困るのは、この「べらんめえ口調」が無意識に口をついてしまうことです。日常生活で「てやんでえ、この野郎」とか「うるせえ、このクソ婆あ」などの言葉が出てしまうことがあり、周りからギョッとされることがあります(汗)。悪気はないのです、八っつぁんも、熊さんも、私も。

 

5)道楽に夢中になっている

 

必ずしも、そうではないのですが、いわゆる「飲む(酒)、打つ(博打)、買う(女)」の道楽にはまっているケースも多くあります。

 

八っつぁん、熊さんの登場する噺は、小噺が多いような印象がありますが、長編のネタも結構あります。「妾馬(めかうま)」という噺では、八っつぁんは妹のおかげで出世して、ついには武士にまでなってしまいます(妾馬の別タイトルは「八五郎出世」)。熊さんが主役の噺では、長編人情噺の「子別れ」、シュールな味わいの「粗忽長屋(そこつながや)」、その他「大山詣り」「崇徳院(すとくいん)」などがあります。

 

八っつぁん、熊さんの過剰なエネルギーが、笑いを引き起こす

 

八っつぁん、熊さん噺の中でも傑作なのは「崇徳院」です。

 

ある大店の若旦那が、原因不明の病で寝込んでしまい、生死をさまよっている。医者が診ても原因が分からないのだが、若旦那は「熊さんになら打ち明ける」という。やってきた熊さんが聞き出すと、「恋わずらい」だという。若旦那が一目惚れした相手は、どこかのお嬢さんで名前も分からない。そのお嬢さんは、桜の枝に短冊をかけて去っていった。短冊には、百人一首でおなじみの崇徳院の「瀬を早み 岩にせかるる滝川の」と書かれている。下の句は「われても末に 逢はむとぞ思う」。手掛かりはこれだけ。

 

息子の身を案じる大旦那は、熊さんにそのお嬢さんを探してくれるように頼む。見つけることができたら、褒美として、いま住んでいる三軒長屋を熊さんにあげると言う。このとてつもない褒美に、熊さんは大発奮。「瀬を早み~」と大声を出しながら、湯屋や髪床を探し回るのだが……。

 

今回、八っつぁん、熊さんのキャラクターについて列記していると、突然、漫才のやすしきよし横山やすしが脳裏に浮かびました。直情径行(ちょくじょうけいこう)型で、相手や周りの状況を気にすることなく、自分の感情のおもむくままに行動し、道楽(ボートレース)に夢中。言葉遣いは乱暴だけど、根は素直。おっちょこちょいで失敗することも多いけれども、職人(漫才師)としての腕は最高。「横山やすしという人は、実に落語の世界を地でいくような芸人だったのだなぁ」と感慨にふけりました。

 

八っつぁん、熊さんは、ときに過剰すぎるほど過剰なエネルギーで、落語の世界の中を走り回ります。そのエネルギーが、落語に大きな笑いを引き起こします。落語「崇徳院」をお楽しみください。

 

古今亭志ん朝崇徳院

 

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『一発屋芸人列伝』:ブームが去っても、戦い続ける芸人たちへの応援歌

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「プロとアマチュアの違いって何だろう」というテーマで、以前、こんなことを書きました。

 

将棋や囲碁のように、はっきりと勝敗のつく分野は容赦のない厳しい世界ですが、勝てないことで逆にあきらめがつくのかもしれません。落語家や役者は、勝ち負けのはっきりしない世界です。人気という漠然としたものが、才能のバロメーターになります。それは観客という他者の手にゆだねられているのです。

 

芸人の世界では、誰もが一度は人気者になることを夢見るでしょう。しかし、人気者になれる芸人は、ほんのひと握りであり、大半は名前も知られぬままの存在で終わります。

 

中には、学校や居酒屋、ネット上で彼らのギャグが飛び交い、フレーズが流行語になるような大ブレークを果たす者も現れます。しかしほとんどの場合、その流行は長くは続かず、テレビなどのメディアで、その姿を見かけることはなくなります。そのような芸人は、一発屋と呼ばれます。

 

一発屋と呼ばれる芸人たちの栄光と現在

 

一発屋芸人列伝』は、一度は世間に流行を巻き起こしたものの、表舞台から消えていった一発屋たちのその後をたどったノンフィクションです。筆者は、髭男爵というコンビで一世を風靡した山田ルイ53世。貴族のようなファッションに身を包み、ワイングラス片手に「ルネッサ~ンス」「○○やないか~~い」というフレーズで人気者となった髭男爵を、ご存じの方も多いと思います。現在、髭男爵をテレビで見かけるのは、一発屋芸人特集のみといってよいでしょう。つまりこの本は、書き手も一発屋なのです。

 

本書で取り上げられている芸人は、レイザーラモンHGコウメ太夫テツandトモジョイマンムーディ勝山天津・木村波田陽区ハローケイスケとにかく明るい安村キンタロー。髭男爵。一世を風靡した一発屋とそこまではいってない0.5発屋たちの、ブレークまでとブレーク後、そして現在をインタビュー形式で追っています。

 

本書を読んでいると、いくつか気付かされることがあります。

 

一発屋芸人と呼ばれる人達は“キャラ芸人”が多い。(p.18)

 

 

レイザーラモンHGはサングラスにレザーファッションのハードゲイ髭男爵はシルクハットにワイングラスの貴族、コウメ太夫大衆演劇の白塗りの女形波田陽区はギターを抱えた侍。確かに、一度見たら忘れられないようなビジュアルとそのキャラの吐く印象的なフレーズによって、全国区になった芸人ばかりです。

 

しかし、その印象的なキャラは、偶然に生まれたものではありません。例えば、髭男爵の「貴族」というキャラクターも、正統派の漫才では結果を出せず、10年にわたり鳴かず飛ばずの日々を送った末の、やむにやまれぬ決断から生まれたものだそうです。

 

本書に登場する芸人達は、「客にまったく受けない」「際立った特徴が何もない」などの致命的な欠点を克服するために悪戦苦闘し、その過程で客席のささやかな反応などを手掛かりにキャラを作り、ふくらませていきます。

 

こうして必死の思いで作り上げたキャラやフレーズが、何かのきっかけで注目され、ブレークを果たすわけですが、情報量がある臨界点に達すると、視聴者には「飽き」が生まれます。特にネットの発達した現在、一度注目されるようになると、その情報は驚異的なスピードで拡散します。しかし、その分、飽きられるスピードも早くなっています。

 

いまだに芸人として、もがき、戦い続ける者たち

 

本書は、「消えた」「死んだ」と揶揄される一発屋芸人たちが、いまだに芸人として戦い、もがき続けている姿を克明に描き出しています。

 

テレビでときどき放映される「一発屋芸人特集」は、売れっ子当時の収入と現在の収入を告白させて、そのギャップを笑うというような、冷笑的な視点で作られています。

 

日本人は、人が上昇していく姿に拍手を送るよりも、上昇した人間が落ちる姿を喜ぶ傾向があります。かつて人気を集めていたアイドルや芸人の現在の落ちぶれた姿を見て、「ざまあみろ」的な、意地悪な喜びを感じるようです。

 

これに比べ、本人も一発屋と呼ばれている著者・山田ルイ53世のまなざしは、冷静かつ客観的であり、根底にとても温かいものがあります。芸人達への「頑張れ」というエールが全編に感じられます。山田氏も、自分自身に同じ言葉をかけ続けているのでしょう。また、文中の芸人に対する記述も的確であり、独特のユーモアに包まれています。

 

本書に登場するのは、「毎日心がポキポキ折れる音が聞こえる」(ハローケイスケ p.154)ような日々を送りながらも、それでも芸人であることを捨てず、もがき続ける人たちです。

 

以前、私はプロの定義をこのように書きました。

 

生活のすべてを将棋や落語だけに捧げ、自分の才能と真剣に向き合い続け、それを長きに渡り継続することでしか、プロになる日は訪れない。そこだけは分野を問わず、変わらないものだという想いが去来しました。

 

一発屋と呼ばれる方たちの、芸人としての人生はまだ続いています。彼ら、彼女らは、いまだに自分の才能と向き合い続け、戦い続けています。その姿は間違いなく、プロフェッショナルと呼ぶに値するものだと思います。

 

一発屋芸人列伝』

山田ルイ53世(著)

新潮社

 

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江戸への旅路:落語『火事息子』~憧れの職業は町火消し

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があります。江戸は大火事が多くて火消しの働きぶりがはなばなしかったことと、江戸っ子は気が早いため派手な喧嘩が多かったことをいった言葉です。

 

とにかく江戸時代は火事が多かったようで、市街を焼き尽くした大火災も10回あります。なかでも有名なのが明暦3年(1657)の明暦の大火、いわゆる振袖火事(ふりそでかじ)です。振袖火事は、江戸時代最大の火災で、江戸城本丸御殿と天守閣が全焼したほか、大名・旗本屋敷1200以上、寺社350余が消失、町の被害はさらにひどく、死者は総計10万人以上にのぼりました。

 

この火事を契機に都市計画が見直され、江戸城周辺に集まっていた大名屋敷や寺社は郊外に移され、上野広小路など各所に火除地(ひよけち:延焼を防ぐための空き地)が設けられました。また、隅田川に両国橋を架けて、本所や深川に造成した埋立地を町方の避難所としました。

 

江戸っ子の憧れの職業は「町火消し

 

振袖火事の翌年には火消しが組織化されます。その後、享保3年(1718)、町奉行大岡忠相(おおおか・ただすけ)は町火消しを作り、同5年には、いろは四十八組を編成し、本格的な町火消制度を発足させました。いろは組とは、隅田川を境とした西側の区域に組織されたもので、隅田川東側の本所・深川には16組の火消組を置きました。同時に各組ごとに目印となる纏(まとい)と幟(のぼり)を定めました。ちなみに町火消しに要する費用は、すべて町の負担です。

 

当時の消防は現在と違い、燃えている家を潰したり、風下の家を引き倒して延焼を防ぐ破壊消防が主流で、町火消しの主力は鳶人足(とびにんそく)になっていきます。鳶人足は各組ごとに、頭(かしら)、纏持ち(まといもち)、梯子持ち(はしごもち)、平人足と階層化されていきます。

 

町火消しの数は最盛期には、1万人にものぼり、江戸消防の中心的役割を担ったそうです。

 

火消しになりたくて勘当される若旦那が登場する『火事息子』

 

「芝で生まれて 神田で育ち 今じゃ火消の纏持ち」。粋でいなせな町火消しの花形、纏持ちは江戸っ子のアイドル、憧れの職業だったそうです。

 

落語「火事息子」は、火消しになりたくて、とうとう勘当されてしまった若旦那が登場する噺。

 

神田の大きな質屋の近くで火事が起きた。ところが預かり物をしまっている蔵に、火よけの目塗りがしていない。大騒ぎで目塗りを始めるが、素人ばかりで仕事がはかどらない。そこへ屋根から屋根へ軽やかに飛び移りながら、一人の火消人足(通称、臥煙・がえん)が駆けつけてくる。体中に彫り物を入れたその人足こそ、火消しになりたいと家を飛び出し、勘当されて行方不明だった息子の徳三郎であった……。

 

八代目・林家正蔵古今亭志ん生古今亭志ん朝立川談志など多くの名人が手掛けていますが、今回は三遊亭圓生バージョンをご紹介します。志ん朝や談志のカラリとした高座に比べ、圓生は濃密で湿り気が多いのですが、それも味わい。ご堪能ください。

 

三遊亭圓生「火事息子」

www.youtube.com

 

 

参考資料

東京消防庁:へらひん組がなかった「いろは四十八組」

東京消防庁<消防マメ知識><消防雑学事典>

 

『江戸の暮らし』山本博文(著)

日本文芸社

 

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太助セレクト落語 2018年10月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年9月後半から10月のお勧めの落語会をピックアップしました。秋は落語を聴くベストシーズンです。趣向を凝らした落語会もいろいろありますので、ぜひ足を運んでください。

 

第605回 三越落語会

日時:9月19日(水) 開演:18:00

料金:3,500円

出演

柳家さん喬「寝床」

瀧川鯉昇「武助馬」

入船亭扇遊「藁人形」

柳亭左龍「壺算」

三笑亭夢丸「富士詣り」

場所三越劇場三越前

問い合せ:0120-03-9354 (10:00~18:30)

古典落語の実力者揃いの豪華な落語会。古典落語を堪能したい方には絶対にお勧めです。太助、いち押しの左龍師匠、夢丸師匠も登場です!

 

通ごのみ「扇辰、白酒二人会」

日時:10月1日(月) 開演:18:30

料金:3,000円

出演:入船亭扇辰、桃月庵白酒

場所日本橋公会堂(水天宮前)

問い合せ:03-6277-7403

⇒定期的に行われている扇辰、白酒師匠の二人会。二人で二席ずつ演じますが、珍しい噺をかけてくれることも多い落語会です。あなたもこれで「通」への道を歩み出せるかも……。

 

落語教育委員会

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日時:10月19日(金) 開演:19:00

料金:3,600円

出演:三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎三遊亭兼好

場所:かめあり リリオホール

問い合せ:03-5785-0380

⇒個性派メンバーによる人気の落語三人会。落語の前のショートコントも笑えます。今回は亀有駅前のホールで開催されますので、お近くの方はこの機会にぜひ!

 

ぎやまん寄席「祝真打昇進 古今亭駒次の会」

日時:10月21日(日) 開演:18:45

料金:3,000円

出演古今亭駒次

場所湯島天神・参集殿

問い合せ:090-5785-3369

⇒2003年入門の古今亭駒次さん、ついに真打昇進です。新作落語の分野で、鉄道落語というジャンルも確立しました。不思議な駒次ワールドを一度、体験してみてください。

 

輝美男五(きびだんご)旗揚げ公演

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日時:10月23日(火) 開演:19:00

料金:3,000円

出演立川こはる(落語)、春風亭ぴっかり☆(落語)、一龍斎貞鏡(講談)、鏡味味千代(太神楽)、林家つる子(落語)

場所:成城ホール

問い合せ:03-3482-1313

⇒5人の女性芸人がユニットを結成。演芸だけでなく歌、踊り、演劇など、さまざまなエンタテインメントに挑戦していくそうです。旗揚げ公演のタイトルは「成城稿花紅彩画(せいじょうぞうし はなのにしきえ) 伊達姿五人男」。なんだか楽しそうなので、お知らせしますね♪

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。

 

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夜、寝る前に聞きたい落語ベスト5

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。仕事から疲れて帰り、夕飯を食べて寝るだけの毎日という方も多いかと思います。そんなときは体だけでなく脳も疲れきっているので、難しいことは一切考えたくないし、テレビのニュースさえ見たくないものです。ただ、そのまま布団に入っても、「仕事脳」がオフになっていないので寝つけないことがよくあります。

 

そんなときにお勧めなのが、寝る前の落語です。のんびりとした口調の落語家さんが語る、のんきな噺(はなし)を聴いていると、脳がリラックスしていくのが実感できますよ。毎晩、寝つけないでお悩みのアナタ。ぜひ、お試しください!

 

柳家小さん「笠碁」

 

碁が大好きな商家の旦那二人。両人とも下手くそだが、子供の頃から仲が良く、実力も同じくらいなので毎日のように囲碁を打っている。ところがある日、「待った」「待てない」の言い合いから喧嘩になり、絶交してしまうことに。数日は我慢ができたのだが、二人とも碁が打ちたくてたまらない。一方の旦那は、とうとう我慢ができず偵察に出かけることに……。ご隠居二人の友情が微笑ましい落語です。

 

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金原亭馬生「目黒のさんま」

 

秋晴れのある日。お殿様が家来を連れて乗馬で遠乗りをする。一生懸命、運動をしたのでお腹がペコペコになるのだが、あいにく弁当の用意をしていない。そこへ近くの農家から、さんまを焼くいい匂い。さんまを食べたことのないお殿様は、大いに食欲をそそられる。そこで家来が農家に行き、さんまとご飯を買い取って、殿様に差し出す。汗を流し、空腹だった殿様は、そのうまさに大いに驚く……。

 

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古今亭志ん生「あくび指南」

 

最近、町内にできた「あくび指南所」。好奇心旺盛な熊さんが、しぶる友人を連れて体験入学する。出てきた師匠は、品の良い老人。まずは「夏のあくび」の稽古から始めるのだが、どうしても熊さんは脱線してしまう……。志ん生ののんびりしたテンポを楽しんでください。

 

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春風亭柳橋「青菜」

 

お屋敷で仕事中の植木屋さん。ひと休みしていると主人が、酒や鯉の洗いをふるまってくれる。さらに主人が菜をふるまおうと奥に声をかけると、奥さんが「鞍馬山(くらまやま)から牛若丸が出でまして、名を九郎判官(くろうほうがん)」と返事する。それに対して主人も「義経にしておきな」と返す。実はこれはシャレで、「菜は食べてしまってない」「それではよしておこう」という隠し言葉。すっかり感心した植木屋さんは、この会話を自分の家でやってみたくなる。友達の熊を自宅に呼んで、さっそく始めるのだが……。

 

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桂文楽「よかちょろ」

 

道楽者の若旦那。お金の回収に行ったまま戻ってこないで、吉原に入り浸っている。父親は大変なご立腹。帰って来た息子に説教を始めるが、息子はヘラヘラと笑って、まったく反省する様子がない。回収したはずの二百円という大金もすべて使ってしまったという。使い道を問いただすと、「よかちょろ」に使ったといい加減な回答。旦那は腹立ちまぎれに奥さんとも喧嘩を始めてしまう……。

 

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ビートたけし『やっぱ志ん生だな!』:たけしが認める落語家の最高傑作・志ん生

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。『やっぱ志ん生だな!』は、ビートたけしが敬愛する古今亭志ん生(ここんてい・しんしょう)のすばらしさについて語りつくした本です。

 

志ん生さんに勝っている落語家っていまだに見たことがないんだよ。芸人全般を見渡したって、皆無なんじゃないか。(中略)「時代とともに人間は進化する」と言われるけど、それって人間が進化しているというよりは、時代ごとに天才が現れて、世の中を便利にしているだけじゃないかと思う。(中略)志ん生さんの芸にもそういうところがあると思う。いきなりポッと出て、何かを変えてしまった人なんだよな。(p.4)

 

たけしは以前から、古今亭志ん生を敬愛し、志ん生のような芸人になりたいと語っています。

 

昭和の名人と称される志ん生は1890年神田の生まれ。五代目・古今亭志ん生を襲名するまでに、講釈師への転向も含め、16回もの改名をします。1956年「お直し」で芸術祭賞受賞。十代目・金原亭馬生、三代目・古今亭志ん朝の父。1961年、脳出血で倒れるも翌年復帰して、1968年まで高座を務めます。

 

 

志ん生のすばらしさについて、たけしはいくつかの魅力を述べています。

 

(1)発想力

 

たけしは、志ん生飛びぬけた発想力について語っています。発想や展開が「ぶっ飛んでいる」だけでなく、想像力をかき立てるようなうまさがあると言います。志ん生のこんな小噺を例に挙げています。

 

「でっかいナスの夢を見たよ」

「どんくらい?」

「とにかくでかい。家とかそんなもんじゃない」

「町内くらいか」

「いや、もっと大きい」

「ええっ? そんなにかい」

「もう暗闇にヘタをつけたような」(p.26)

 

 

聞き手の想像力の幅を広げ、空間が見えてくる卓越した力量を備えているのですね。

 

(2)心地よいテンポと間

 

最近の落語家さんの話すテンポは、どんどん速くなっています。現在の落語家に比べて、志ん生のテンポはとてもゆっくりしています。しかし、この独特のテンポと「間」が、何とも言えない心地よさを生み出していると指摘します。

 

志ん生はイベントの高座で倒れて、その後復帰するのですが、復帰後は活舌(かつぜつ)も悪くなり、テンポもかなり遅くなります。しかし、その高座さえも「晩年にスピードは落ちるが、間が研ぎ澄まされてくる」と賞賛します。

 

確かに、近頃の若手の落語家さんの中には、あまりに語りのスピードが速すぎて、観客を置いてきぼりにしているような人もいます。志ん生のゆったりとしたテンポや、「あ~」とか「う~」とか言ってる独特の間は、ぬるい風呂にのんびり使っているような独特の心地よさがありますね。

 

(3)つねに新しいことを試していく

 

志ん生は「晩年に至っても、まだ新しいことを試そうとしていた」とたけしは指摘します。晩年になって、何をやっても許されるような立場になっても、新しいマクラを作ったり、サゲを変えたりしている志ん生について

 

志ん生さんは人間国宝みたいな扱われ方をされるのがイヤだったんだろうね。

常に自分は現役だというふうに言い聞かせているから、新しい小噺なんかもバンバンつくっていた。(p.132)

 

 

これは、とてもいい言葉ですね。国宝として有難がられ、手を合わせられるよりも、最後まで芸人として笑わせ、笑われたかったのですね。

 

ビートたけし志ん生の勝負

 

ビートたけしは、芸人として「志ん生のような境地」を理想としていることがよく分かる著書です。晩年の志ん生のように、何を言っているかよく分からなくても、出てくるだけでおもしろい芸人。体が悪かろうが、頭がボケてこようが舞台に立ち続ける芸人。そこに至るために、たけしは落語にも挑戦し、ライブも続けると言います。

 

私は志ん生を、落語界の「フリージャズの天才」としてとらえています。落語のストーリーの大枠だけ踏襲し、内部は好きなように遊び、独自の世界を作っていきます。志ん生の分身のように思える登場人物たちは、楽しげにはじけ、動き回ります。しかし、これも売れなかった長い時間の中で、型を学び、作り、壊し、再構築する努力の継続があったからこそ行きついた境地なのだと思います。

 

「たけしは出てくるだけで、なんか面白いな」といわれるところまで、行きつけるか。それが、たけしと志ん生の残された勝負なのだそうです。志ん生への敬愛と、「笑わせる芸人」であり続けたいたけしの心意気があふれ出している一冊でした。

 

志ん生ファンの太助も同じことを言わせてもらいます。

 

「やっぱ志ん生だよ!」 ぜひ、聴いてみてください!

 

 古今亭志ん生「富久」

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『やっぱ志ん生だな!』

ビートたけし(著)

フィルムアート社

 

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なぜ野球の応援は、同じ振り付けで歌って、踊るのだろうか?

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語会に行くと、落語家さんは素晴らしいのに観客がとても少ないことがよくあります。そんな時、「落語にもっと観客が来るには、どうすればいいのだろうか?」と考えます。

 

現在、観客の動員数が多い娯楽は、プロ野球や人気ミュージシャンのコンサートなどが頭に浮かびます。人気のある球団やミュージシャンは、何万人という単位での観客動員が可能です。

 

野球やコンサートで、ファンはなぜ同じ振りで動き、声を揃えるのか?

 

私はプロ野球では、ヤクルトロッテを長年、応援してきました。この2球団の組み合わせを「なぜ?」と思う方がいるかもしれません。私は生まれも育ちも東京です(現在は千葉県在住)。東京生まれでアンチ巨人派は、ヤクルトファンに結構、流れます。またロッテは、その昔、東京・南千住にあった東京スタジアムというおんぼろ球場をホームとする在京球団でした(当時はロッテ・オリオンズ)。小学生の時分、都電荒川線というチンチン電車に乗って、オリオンズの応援に通ったものです。

 

ヤクルトとロッテは、たまに強くなる時もありますが、基本的にBクラスが定位置の弱小球団です。長年付き合っているファンは、あまり勝ち負けに一喜一憂しません。この淡々としている感じが好きで、応援してきました。

 

その後、千葉県に移住すると共に、千葉ロッテマリーンズの応援を続けました。しかし、何度か球場に足を運ぶうちに、ファンの応援に違和感を感じるようになりました。

 

そこでは、みんなが同じ格好をし、同じ振りで動き、声を揃えて応援するのです。

 

落語はなぜ、数万の観客を動員できないのか?

 

写真入りのファン冊子を見て分かったのですが、レギュラーメンバーごとに細かく振りや声援が決められているのです。この選手がバッターボックスに立った時にはタオルを振りながらジャンプする、この若手選手が登場したら名前で呼んで「ゴー、ゴー」と叫ぶ、のように定まっています。初めて応援に行った人は、一緒に応援はできません。決められた振りや声援するタイミングが分かりませんから。

 

みんなと同じ振りができないと、まるで自分が「にわかファン」のように思えてしまいます。数十年、ロッテを応援してきているのに……。

 

いつから野球は、このように、みんなが同一の振りと発声で応援するようになったのでしょうか? アメリカで野球を観戦したことがある方はご存じと思いますが、みんなが同じ振り付けで飛んだり、歌ったりすることはほとんどありません。球団のユニホームを着ている人はいますが、基本的にみんな勝手に楽しんでいます。

 

日本では、人気ミュージシャンのコンサートでも、みんなが同じ振り付けで、ジャンプしたり、タオルを振ったりするようになりました。

 

野球を観戦したり、音楽を聴くという本来の目的以外に、みんなが同じ振り付けで動き、声援することが、観客動員の必須要素になっているような気がします。

 

同じ対象を一緒に応援するという仲間意識、声を揃えて同じ行動をする参加意識、さらに細かい振り付けまで覚えているという優越感。単なる観戦だけでなく、そのようなものを味わいたいがために、球場に足を運ぶ人も多いのでしょう。

 

インターネットやモバイルの普及と共に、このような傾向が、より強まって来たような気がします。リアルな人間関係で、一体感や参加意識を感じられる場がなくなってきているせいかもしれません。サッカーのワールドカップの時期になると、渋谷の交差点に大勢が集まり、嬉しそうにハイタッチしているニュースを見ると、そのような感が強まります。

 

そして、娯楽でさえも日本人は統制された同じ動きをするのが好きなのだなぁ、と感じます。

 

このように考えると落語は、現代の日本において数万という観客を集めるには、不向きな娯楽といえるでしょう。なぜなら、落語は「笑い」を強制するものではありません。観客それぞれが、場面や登場人物を勝手に空想して好きな個所で笑う、ある意味、自由度の高い娯楽です。そこでは、拍手や立ち上がることを強要されることはありません。

 

あるプロの落語家さんに聞いたところ、「観客は100名くらいがちょうどよい」とおっしゃっていました。マイクやライトのない時代に生まれた落語は、肉声が全員に行き渡る、大きな車座ができるくらいのサイズが適当な芸能なのかもしれません。

 

しかし……、みんなで声を揃えて歌ったり、手拍子する必要はないのですが、「もう少し観客が入らないかなぁ」と思う今日この頃なのです。

 

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落語の名作「品川心中」:あたしもそのうち行きますから。さよなら、失礼~

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。今回は落語の名作「品川心中」を紹介します。かつては店のナンバーワンだった女郎・お染が、金の工面ができないために心中を決意します。その相手に選ばれたのが、頼りにならない男、金蔵。映画「幕末太陽傳」でも、サブストーリーとして登場する傑作落語です。

 

品川心中のあらすじ

 

上段

 

1)品川宿白木屋で長年、板頭(いたがしら:遊郭の最上位の遊女)を務めてきたお染。寄る年波には勝てず客が減り、紋日(もんび:五節句など、江戸時代の遊郭で特に定めた日)に必要な金の工面ができない。

 

勝気なお染めは、思い切って死のうと思うが、一人で死んだのでは、金に困って死んだと言われて悔しい。「いっそ心中にしよう」と決め、相手に選んだのが貸本屋の金蔵。「金蔵はひとり者で、ポォ~としてて、居ても居なくても同じような人だから」というのが選んだ理由。

 

2)相談ごとがあるからと手紙を書くと、金蔵、喜んで品川へ飛んで来た。「四十両の金ができず、死ななければならない」というお染。金を持っていない金蔵に、お染は「一緒に死んでくれ」と頼み込み、なんとか説き伏せる。その夜は至れり尽くせりのもてなしで、金蔵も心中を決意する。

 

3)翌朝、金蔵は家の物を道具屋に売り払い、長年、世話になった親分の家へ、別れの挨拶に行く。行く先を尋ねる親分に、金蔵は「西の方へ」と答える。「いつ帰ってくるんだ」という質問には、「お盆の十三日」。とんちんかんなやりとりをし、金蔵は立ち去る。

 

4)夕暮れ時、首を長くして待っているお染のもとへ金蔵が現れる。金蔵は「今夜はお別れだから、うんと飲んで食って騒ごう」と言い、大酒飲んで寝てしまう。夜中、お染は金蔵を揺り起し、店の裏庭から海岸の桟橋へと連れ出す。海に飛び込む決心がつかずガタガタ震えている金蔵を、お染は思い切って突き落とす。

 

もんどり打って海へ落ちた金蔵に続いてお染が飛び込もうとすると、駆けつけてきた若い衆がそれを押さえ、「番町の旦那が金持って来て、待ってんだよ」。これを聞いたお染、海に向かって手を合わせ「お金ができたっていうから、あたしもいろいろとやる事があるの。ごめんね、金さん。ひと足先に行ってておくれ。あたしもそのうち行きますから。さよなら、失礼~」と店に戻ってしまう。

 

5)泳げない金蔵は、おぼれながらも必死の思いで杭につかまり立ち上がると、品川の海は遠浅で膝までの深さしかない。ざんばら髪で、頭に海藻、顔は傷だらけ。濡れてドロドロになった白装束で這い上がり、親分の家にたどり着き、戸を叩く。親分の家では、ちょうど博打の真っ最中。手入れが入ったと大あわてする若い衆。梁に駆け上がったり、かまどに頭をつっこんだり、台所の漬物のツボに落ちたりと大騒ぎ。

 

戸を開けると白い着物のお化けのような金蔵が立っている。疲れた金蔵は、その夜は親分のところで寝てしまう。

 

下段

 

6)翌朝、顛末を聞いた親分は、お染に仕返しをしてやろうという。段取りを打合せ、金蔵は閉店間際の白木屋に青い顔で現れる。幽霊かと驚いたお染に、陰気な声で縁起の悪いことをブツブツ言い、気分が悪いから寝かせてくれと、奥の間に引きこもる。

 

7)そこへ親分と、金蔵の弟になりすました子分が現れる。死体で見つかった金蔵の体からお染との起請文(きしょうもん:江戸時代に男女間の愛情が変わらないことを誓って書いた文書)が出てきたという。お染は「そんなおどかしは通じない、金さんは部屋で寝ている」とせせら笑う。お染が金蔵の寝ている部屋に案内すると、布団はも抜けの殻で、中には「大食院好色信士」の位牌がひとつ。

 

さすがのお染も青くなり、一部始終を打ち明ける。親分は「金蔵は恨んでお前を取り殺す。せめて髪でも切って謝って、供養しろ」とせまる。お染が恐ろしさのあまり、根元からぷっつり髪を切り、さらに回向料として五両出したところで、金蔵が登場。「頭の毛まで切っちまうとはひどいじゃあないか」と怒るお染に、親分は言う。

 

「お染、お前があんまり客を釣るから、比丘(びく・魚籠)にされたんだ」

 

滅多に演じられることのない下段

 

品川は東海道の起点として栄えた町です。宿場町には遊郭がつきもので、江戸の北にある吉原が「北国」、品川は「南」と呼ばれました。

 

「品川心中」は廓噺(くるわばなし)の大ネタで、古今亭志ん生古今亭志ん朝三遊亭圓生立川談志などの名人が手掛けています。ただし後編はストーリーが陰気で、落語のオチも分かりづらいため、滅多に演じられることがありません。オチは尼さんの比丘尼(びくに)と、魚釣りに使う魚籠(びく)という音の似たものによる地口(じぐち)オチというものですが、残念ながら現代の人にはピンとこないオチです。

 

上段の金蔵が親分の家に現れ、若い衆がドタバタと逃げ隠れるシーンで終わることが多いようです。

 

この噺のあらすじだけ書き出すと、主人公のお染はとてもプライドが高く、身勝手で、酷薄な女郎のように思えます。それを、チャッカリしているけれど、どこか憎めない魅力ある女性として演じるには、名人・上手の手腕が必要です。

 

太助は昔、五代目・古今亭志ん生の「品川心中」上段をカセットテープで聴いたとき、笑わせて笑わせて、ストーンと落とすオチに感服した覚えがあります。「落とし噺」と言われる意味を、初めて体感できた噺でした。

 

腹の座った女郎・お染と小心者の金蔵の対比がおもしろい「品川心中」。ぜひ一度、味わってみてください。

 

古今亭志ん朝「品川心中」

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落語を続ける人、落語をやめてしまう人

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。落語教室に通い始めて3年目となり、いまではベテランと呼ばれるようになってきました。

 

落語を始めようという方はとても多いのですが、1、2回でやめてしまう人もたくさんいます。続ける人とやめてしまう人の違いは何でしょうか?

 

落語を長く続ける方は、当たり前のようですが落語好きです。お気に入りの落語家がいて、好きな演目があり、いつかその演目をやってみたいという人は、かなりの確率で落語を続けていきます。

 

落語を始める場合、最初は登場人物も少なく、場面転換もない、いわゆる前座噺から入ります。そして、いろいろな噺に挑戦することで、演じられるキャラクターが少しずつ増えていき、登場人物や場面転換の多い長編噺も語れるようになっていきます。

 

それは、登山を始めた人が低い山からスタートし、しだいに憧れの高い山に登れるようになっていくのにも似ています。

 

落語をまったく聞いたことがないという方が、教室に入ってくることもあります。しかし、なかなか長続きはしないようです。1、2回で「自分は落語に向かない」と決めてしまう方も多いのですが、次の演目選びに困ってやめてしまう方も大勢います。師匠が演目選びのアドバイスをしてくれることもありますが、言われるがままやっている人は、たいてい長続きしません。

 

落語に対して好き嫌いやこだわりのない人は、どうも長続きしないようなのです。

 

「いつの日にか、やりたいことがある」ことの大切さ

 

「いつか、やりたいことがある」ことは、何かを継続していくことの大きな原動力になると思います。演劇、映画、テレビなどで活躍する三谷幸喜氏のインタビュー集三谷幸喜 創作を語る』という本を読んでいると、このことを痛感します。

 

ハリウッド映画のようなオシャレなコメディーや「シットコム」と呼ばれる舞台的な作りのシチュエーションコメディに対して、三谷氏はとても強い愛着を持っています。シットコムとは聞きなれない言葉ですが、昔テレビで放映されていた『アイ・ラブ・ルーシー』や『奥様は魔女』のようなアメリカのコメディーを指すそうです。

 

シットコムの約束事は“登場人物が誰も成長しない”こと。毎週、事件が起こるけど、翌週には登場人物がみんな事件を忘れてまた同じようなことで大騒ぎをする。成長したらいけない。さすがに『奥さまは魔女』みたいに笑い声を入れたり出来ないけど、ドタバタコメディードラマをやりたいと。(p.88)

 

 

三谷氏のシットコムに対する思い入れは強く、日本でなんとかシットコムをやりたくて、テレビドラマで何回も挑戦し、失敗を重ねます。

 

私は、『奥様は魔女』のような笑い声の入る昔のアメリカのコメディーは嫌いなので、三谷氏の思い入れは、いまひとつピンときません。しかし、このような強い愛着が、彼の創作の原動力になっていることは間違いありません。

 

訴えたいテーマありきで作品を作るのではなく、かつて自分が楽しんだ世界をなんとか伝えたい、再現したいという気持ちが、三谷氏のドラマ作りの強力なエンジンになっているのです。

 

三谷氏は経験と実績を積むことで、「次はこの役者に、こんなコメディーをやらせたい」というように願望をさらに膨らませていきます。それがまた、次の創作の原動力になっていくのです。

 

落語でもスポーツでも、何か憧れるものや愛着するものがあり、そこに近づくための目標ができたとき、人はコツコツと、地道な努力を継続できるのではないでしょうか。

 

私は、古今亭志ん朝『品川心中』という噺を、いつの日にか語ってみたいと思っています。そのためには廓(くるわ)の描写、落ち目になった女郎の悲哀、心中の道連れにされてしまう間抜けな男、ばくちをやっている若い衆たち(=集団シーン)、そして品川の光景、そういったたくさんのものを語れなければなりません。しかし、こうしたいくつもの山を超えてでも、ぜひこの噺を演じてみたいという強い欲求があります。この欲求がある限り、まだまだ落語を続けられそうな気がしています。

 

 

三谷幸喜 創作を語る』

三谷幸喜松野大介(著)

講談社

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太助セレクト落語 2018年9月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年9月のお勧めの落語会をピックアップしました。まだまだ厳しい暑さの続く9月ですが、落語を聴いてクールダウン! 秋の噺が、しだいに増えてくるので楽しみです。

 

特撰落語名人会「さん喬、扇辰、白酒」

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日時:9月15日(土) 開演:18:30

料金:3,600円

出演柳家さん喬、入船亭扇辰、桃月庵白酒

場所:タワーホール船堀(都営新宿線船堀駅

問い合せ:03-6240-1052

https://www.eifuru.com/ticket/343

⇒古典の名手、さん喬、扇辰、白酒がそろい踏み。落語初心者の方もこのメンバーだったら、間違いなく楽しめますよ。

 

第20回 平成特選寄席

日時:9月19日(水) 開演:19:00

料金:3,500円

出演:橘屋文蔵、古今亭菊之丞三遊亭兼好

場所赤坂区民センター

問い合せ:03-5483-0085

⇒次の名人・上手は、この三人かもしれません。それぞれの持ち味があり、甲乙つけがたい魅力があります。ぜひ、ご自分の目でお確かめください。

 

入船亭扇遊を聴く会

日時:9月22日(土) 開演:18:30

料金:3,000円

出演:入船亭扇遊

場所お江戸日本橋亭三越前

問い合せ:090-2705-9694

⇒扇遊師匠は、時代劇でも通用するような男前。ハッキリとした語り口。着物のセンスも、すごくいいんです。さっぱりとした後味の古典落語は、まさに江戸前

 

第34回 かまくら名人劇場「よったり寄ったり競演会」

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日時:9月24日(月・祝) 開演:14:00

料金:3,500円

出演柳亭市馬桂雀々桃月庵白酒立川談笑、鏡味味千代(太神楽曲芸)

場所鎌倉芸術館

問い合せ:0120-1192-40

http://www.kamakura-arts.jp/calendar/2018/09/029937.html

鎌倉芸術館人気の長寿企画。8月、9月、10月と3本立ての公演です。にぎやかに盛り上げてくれる落語家さんが勢ぞろい。近辺の方はぜひ!

 

らくご長屋「鯉昇、兼好二人会」

日時:10月1日(月) 開演:19:00

料金:3,200円

出演瀧川鯉昇三遊亭兼好

場所なかの芸能小劇場

問い合せ:03-6304-8545

⇒どんな相手と共演しても、フワッと包み込むように自分の世界を展開する鯉昇師匠。一段と華を備えてきた兼好師匠。平日夜ですが、中野周辺の方は仕事帰りにいかがでしょうか。

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。

 

大崎善生『将棋の子』:プロとアマチュアの境界線とは何だろう?

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。「プロとアマチュアの違いって何だろう」と考えることがあります。アマチュア落語家でも、プロ顔負けの上手な方がいらっしゃいます。しかし、どんなにうまくても、素人はプロの落語家にはなれません。

 

プロである条件ってなんでしょうか? それを本業として、食べていけることでしょうか? しかし落語家に限らず、役者や漫才師でも、それだけでは食べていけない人がたくさんいます。

 

落語家になるには、落語家に弟子入りを認められ、2~3年の前座修行を積まなければなりません。弟子入りして前座になることで、師匠の入っている落語団体に所属することになります。そして、前座から二つ目、真打と昇格していきます。真打になるには、入門から12~15年程度の歳月がかかります。このように師匠のもとで一定の年数修行を積むことが、プロの条件なのでしょうか? 

 

芸が下手で、落語家として食べていけなくても、果たしてプロと呼べるのでしょうか? そんなことを考えていたところ、大崎善生(著)『将棋の子』を読み返してみたくなりました。

 

『将棋の子』は、プロの棋士(きし)を目指しながら、夢破れて去っていく若者たちのノンフィクションです。

 

天才集団の中で勝ち抜いてプロを目指す過酷な世界

 

将棋界でプロとして認められるのは、四段からです。三段までは奨励会に所属します。奨励会とは日本将棋連盟の組織の一つで、棋士になるための修行の場であり、同時に淘汰の場です。

 

全国から集まったプロを志す将棋の天才少年たちは奨励会に入会して、そこで初めて自分が天才でも何でもなく、将棋棋士を目指すごく普通の人間の一人であることを知る。地方にいたころは大人にさえほとんど負けることがなかった少年も、自分よりも年下の子供に手もなくひねられるという現実が待ち受けている。一度、天才の集団に入ってしまえば、どんなに優れていたとしてもごく平凡な存在になってしまうのだ。(p.45)

 

ここで少年たちはプロを目指すのですが、そのための関門が2つあります。まず21歳までに初段を取らねばならず、その後、奨励会三段リーグでわずか2人の昇段枠を勝ち抜いて、初めてプロになれるのです。この三段リーグも26歳という年齢制限があります(年齢規定は本書執筆時)。三段リーグは26歳になっても勝ち越していれば、最高29歳まで在籍可能と規定変更されたそうですが、それでも20代で自分の夢に決着をつけなければならないのです。

 

著者の大崎善生は大学在学中に将棋にのめり込み、将棋道場に通いつめてアマ4段を獲得。この道場の縁で、日本将棋連盟で働くことになり、多くの若い奨励会員たちと知り合いになります。

 

本書は、著者の同郷の奨励会員・成田英二が夢に破れていく過程と、その後が描かれています。また、その同時代を生きた多くの若き奨励会員たちも登場します。勝ち抜くことでしか夢をつかめない彼らの日々は、過酷です。そして、勝負は能力だけで決まるわけではありません。

 

棋士たちの極限の戦いは、定跡や知識や読みや感性や、そんな人間の持つ武器のあらゆるものを超える崇高な瞬間を迎えることがある。

 偶然。

 技術を極めた人と人が戦うとき、あるいは同じくらいの技量の人間同士が戦うとき、その説明できないものが結果を左右することの何と多いことか。(p.79)

 

 

将棋に勝つことでしか自分の人生や存在理由を証明することができない奨励会員たち。しかし、偶然や運・不運としか呼べないようなもので、人生を左右されてしまう若者も数多くいます。例えば、羽生善治を中心とする天才少年軍団の登場の時期に、たまたまぶつかってしまい、翻弄され、蹴散らされた世代などもそうでしょう。

 

北海道出身の天才少年・成田英二の運命も過酷です。成田が上京して奨励会に入ると、成田を助けるために両親も追って上京。しかし24歳で夢破れると、その挫折に合わせるかのように両親が他界。将棋しかやってこなかった青年は、一人社会に放り出され、借金まみれになり転落していきます。

 

生活のすべてを将棋や落語だけに捧げ、自分の才能と向き合い続けること

 

棋士だけでなく、落語家や漫才師、役者、スポーツ選手など、自分の能力だけを頼りに生きていく職業では、否応なく自分の才能に向き合わねばなりません。私は10代後半から20代のすべてを演劇の世界で過ごしてきたので、よく分かるのですが、「自分はこの世界で生きていけるほどの才能があるのだろうか?」という自問自答を繰り返す毎日なのです。しかも20代では自分に才能があるのか、ないのか、ぼんやりとしか見極めがつきません。

 

将棋や囲碁のように、はっきりと勝敗のつく分野は容赦のない厳しい世界ですが、勝てないことで逆にあきらめがつくのかもしれません。落語家や役者は、勝ち負けのはっきりしない世界です。人気という漠然としたものが、才能のバロメーターになります。それは観客という他者の手にゆだねられているのです。

 

『将棋の子』のラストでは、成田英二が将棋の世界にいたことを誇りに思っていることが描かれます。少年の日に天才と呼ばれたこと。幼い羽生善治に歯が立たなかったこと。すべてが彼の中では、遠い日のメダルのようにキラキラと輝いています。それは読者である私たちにとっても救いとなります。

 

生活のすべてを将棋や落語だけに捧げ、自分の才能と真剣に向き合い続け、それを長きに渡り継続することでしか、プロになる日は訪れない。そこだけは分野を問わず、変わらないものだという想いが去来しました。

 

プロとアマチュアの違いってなんでしょうか? もうしばらく考えてみたいと思います。

 

『将棋の子』

大崎善生(著)

講談社文庫

 

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太助セレクト落語 2018年8月のお勧め落語会

こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年8月のお勧めの落語会をピックアップしました。暑さの厳しい8月ですが、夏休み期間でもあるので、落語会は結構活発に開催されています。落語を聴いて猛暑を乗り切ろう!(笑)

 

桃月庵白酒 志ん生に挑む

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日時:8月10日(金) 開演:19:00

料金:3,500円

出演桃月庵白酒高田漣(ゲスト)

場所:大和田伝承ホール(渋谷)

問い合せ:055-262-2071

桃月庵白酒師匠が、昭和の名人・古今亭志ん生に挑みます。志ん生といえばフリージャズのような変幻自在な芸風で爆笑を巻き起こした名人。その域に白酒師匠がどこまで迫れるか!?

 

雷門小助六&三笑亭夢丸 リレー落語会

ベートーベン篇

日時:8月11日(土) 開演:13:30

料金:2,000円

出演:雷門小助六、三笑亭夢丸

場所:日暮里サニーホール

問い合せ:090-7726-8202

⇒小助六&夢丸師匠の人気の二人会。悶絶篇、一生涯篇など、さまざまなテーマに挑んできた二人。今回のテーマはベートーベン篇。どんな落語が登場するか楽しみです!

 

立川談修 大久保プラザ寄席

特別寄席「宵の夏」

日時:8月18日(土) 開演:19:00

料金:800円

出演立川談修

場所:大久保スポーツプラザ3階

問い合せ:03-3232-7701

古典落語の名手・立川談修師匠が、夏の夜にピッタリの噺を存分に聞かせてくれます。しかも、この入場料! 本当は教えたくないお得な落語会なんです。

 

瀧川鯉昇柳家喬太郎 二人会「古典こもり」

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日時:8月21日(火) 開演:19:00

料金:3,700円

出演瀧川鯉昇柳家喬太郎

場所東京芸術劇場プレイハウス(池袋)

問い合せ:03-5785-0380

古典落語に新しい観点を取り入れる瀧川鯉昇、古典を縦横無尽に変化させていく柳家喬太郎、人気の落語家による二人会です。

 

夢一夜「一之輔・夢丸二人会」

日時:9月7日(金) 開演:19:00

料金:3,000円

出演春風亭一之輔、三笑亭夢丸

場所日本橋社会教育会館ホール(人形町)

問い合せ:03-6277-7403

⇒すでに人気の二人会になった一之輔・夢丸師匠のコラボ企画。古典落語の将来を占ううえでも注目したい落語会です!

 

*情報内容は、変更等の可能性があります。購入前に確認をお願いします。問い合せの番号は、お間違えないようにお願いします。

 

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お勧めの落語家:三笑亭夢丸 愛らしい童顔から繰り出す練達の芸

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こんにちは、アマチュア落語家の太助です。2018年6月19日、三笑亭夢丸師匠の独演会に足を運びました。

 

蕎麦屋さんで開催され、蕎麦も楽しめる落語会

 

場所は、日本橋蕎麦屋藪伊豆総本店」。この老舗の蕎麦屋さんは、3階の大広間で定期的に落語会を開催しています。このお店の嬉しいところは、落語のあとに、「おアトもよろしくセット」という、つまみとお蕎麦のセットが楽しめることです。

 

三笑亭夢丸師匠は、平成14年に三笑亭夢丸(初代)に入門、平成27年に真打昇進して二代目・三笑亭夢丸を襲名。落語芸術協会(以下、芸協)に所属する30代半ばの落語家さんです。80代の落語家がいまだに現役として君臨する芸協では、若手に位置する夢丸師匠。しかし、その芸は達者であり、人気の春風亭一之輔と二人会を開催するなどで、注目が高まっています。

 

藪伊豆の会場は畳敷きで、40人程度のキャパです。開演までに満員となりました。ここでの独演会は12回目になるそうです。

 

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「本日は夏の三席というテーマなんですが、とても涼しい日でして。私だけでも熱くやらせていただきます」という語り出しで始まったのが「ちりとてちん」。ある旦那が、会を催したが、中止となり、食事がたくさん余ってしまった。知り合いの熊さんに食べてもらうことに。普段、食べたことのないウナギのかば焼きや鯛の刺身、灘の酒に舌鼓を打つ熊さん。旦那が、酒に合う珍味を探して、女中に数日前の豆腐を持ってこさせると、これが夏の暑さでカビだらけの、ひどい状態。これを見た旦那、近所に住むひねくれ者の虎さんにいたずらしてやろうと思い立つ。空き瓶にこの豆腐を移し、大量のトウガラシを加えて、すさまじい珍味の出来上がり。虎さんを呼び出し、台湾の珍味だと言って食べさせると……。

 

この噺の見せ場は、虎さんが腐った豆腐を口に入れて、目を白黒させるところです。あまりにえげつなく演じると、観客に不快感を与えてしまうため、加減が難しいところです。夢丸師匠は、熱演ながら汚らしくならず、とてもよいバランスでした。また、先にご馳走になる熊さんを、なんでも大げさに褒める、たいこ持ちのようなキャラ設定にしてあるのも楽しい演出でした。熊さんと虎さんの対比が鮮明になり、大きな笑いをとっていました。

 

駄々をこねる「船徳」の若旦那に大笑い

 

二席目は夏にぴったりの「船徳」。実家を勘当されて、船宿に転がりこんでいる若旦那の徳さん。この若旦那、箸より重いものを持ち上げたこともないのに、「自分も船頭になりたい」と言い出して、周囲をあわてさせる。今日は浅草観音様の四万六千日(しまんろくせんにち:この日に参詣すると、4万6000日参詣したのと同じ功徳があるといわれた日。7月9,10日)。あまりに暑いので、船で行こうと考えた二人連れの客が、船宿にやってくる。あいにく船頭は出払っていて、残っているのは若旦那、一人。船宿のおかみの制止を振り切って、徳さんは、客を乗せて船を出すことに。しかし、同じところをまわったり、石垣にぶつかったりと、大変な船旅となる……。

 

思うように船が進まず、焦り、混乱する若旦那と、どんどん不安がつのっていく客。このシーンが、船徳のクライマックスです。船がクルクルと回る光景を、夢丸師匠は、二人の客を使い描写していました。これはとても臨場感があり、楽しい演出です。また、若旦那が途中から、「なんで汗だくになって、叱られなきゃならないんだ。もう、ヤダ!」と、ガキのようにダダをこねます。夢丸師の子供のような顔立ちと相まって、本当に楽しく、大笑いしました。

 

休憩をはさんで、三席目は上方落語の「次の御用日」。小僧の常吉は、主人に「娘のお糸が、縫い物の稽古に行くから供をしてくれ」と頼まれる。稽古場への道筋は日中でも人通りが少なく気味が悪いので、二人は急いで通り過ぎようとする。そこへ、向こうから法被(はっぴ)を頭の上にかざした大男が歩いてくる。常吉は、お糸を天水桶の陰に隠れさせ、その上に覆いかぶさり、男をやり過ごそうとする。

 

大男は、火消し人足の藤吉。顔見知りである家主の娘と丁稚に気づき、さらに自分の格好を怖がっていることに気づいた藤吉は面白がって、ふたりに近づくと、法被を覆い被せて「エヒャ!!」と奇声を浴びせかける。お糸はショックのあまり、その場で気を失って倒れてしまう。その後、店に連れ戻されたお糸は、目を覚ましたが、健忘にかかってしまう。怒り狂った主人は、奉行所へ訴えを出す。奉行は、被告・藤吉に対し、「お糸の上にてエヒャ!!(奇声)と申したであろう」などと尋問していくが、この奇声を連発しすぎて、奉行はとうとう普段の声が出せなくなってしまい、ひと言。

「一同、次の御用日を待て」。

 

この噺は、まさに奇声を連発するというおかしさだけで聴かせる上方らしい落語です。めずらしい噺を楽しめました。

 

愛らしい童顔から繰り出す練達の芸

 

三笑亭夢丸師匠の魅力は、何と言っても、声の良さと活舌(かつぜつ)のなめらかさでしょう。目のクリクリとした小僧さんのような風貌ながら、旦那やご隠居、娘などを見事に演じ分けます。体を大きく使う所作も、とてもキレイです。また特筆すべきは、三席・1時間半の高座で、セリフをかむことが一度もありませんでした。全身を使った熱演は、もっと大きな会場でも、そのまま通用するレベルの高さ。贅沢な時間を過ごさせていただきました。

 

落語のあと、「おアトもよろしくセット」を味わっていると、夢丸師匠も合流。一杯やりながら、色々とお話しできました。山形との県境に近い新潟県のご出身。江戸言葉の流暢さを褒めると、「第二外国語のように覚えろ」と師匠から教わったというエピソードを、面白おかしく話してくれました。

 

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日常的に和服で過ごし、趣味は銭湯巡り。パソコンは全く使えないと語る夢丸師匠。まさに落語の時代からタイムスリップしてきたような落語家さん。現在、35歳ながら、その芸は見事です。今後、間違いなく芸協の大看板になっていく逸材だと思います。

 

落語初心者にも、間違いなくお勧めできる噺家さんです!

 

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