志ん生、小三治、志の輔を聴き比べると……。落語家の演出によって、落語はこんなにも変わる!
こんにちは、アマチュア落語家の太助です。私たちの落語教室では、やりたい演目を決めたらCDやDVD、ネットで音源を探し、それを台本として書き起こし、暗記をします。この音源を探す際、1つの演目について、複数の落語家の噺を聞き比べ、自分に合う音源を見つけます。
こうして聞き比べていると、同じ噺でも、落語家によって演出が随分、違うことが分かってきました。演出によって、登場人物の性格や役割の軽重が、大きく変わってしまうのです。
いま「千両みかん」という噺を稽古していますので、これを題材に、落語家の演出によって、噺が随分、変わるという例を取り上げたいと思います。
真夏に、大店の若旦那が、ミカンがどうしても食べたくて、長く寝込んでしまいます。うっかり者の番頭が、「買ってきてやる」と安請け合いするのですが、現代と違って、江戸の頃。真夏にミカンなど、どこを探してもありません。あちこち必死で探し回り、ようやく一軒の青物問屋で、たった1つのミカンを見つけますが、値段を聞くと「1つ千両」と言われます。
たった1つのミカンが千両もするというのが、この噺の設定の面白さです。しかし、千両といえば、とてつもない大金。「なぜ千両もするのか?」という部分の演出が、演者によって大きく異なるのです。
「のれん」という演出が加わってくる!
「千両は、あまりに高い、ひどい」という番頭に対して、問屋の主人は、以下のように語ります。
「ひどかったら売らないよ。無理に売りたかないんだ。こっちは商売もんで、ないと言われるのが悔しいから、蔵に置いてあるミカンの箱、みんな壊して1つ出したんだ。いやならお行きなさい」
「……商人(あきんど)は、のれんを大切にいたします。いつお見えになるか分からないお客様のために、毎年、蔵を1つ無駄にして、ミカンを腐らしています。ここに残りました1つは、何百箱の中の1つ、何千箱の中の1粒でございます。私は商人でございます。お客様が欲しいとおっしゃれば、今までかかった元は、すべて掛けさせていただきます」
「……のれんでございます。のれんを守るために、このようにしていました(いつ来るか分からない客のために、毎年、たくさんのミカンを腐らせても、取っておく)。商人(あきんど)が、のれんに懸ける気持ち、お分かりいただけませんかな」
こうして名人の噺を聴き比べてみると、実に面白いですねぇ(ちなみに、小三治、志の輔バージョンでは、青物問屋ではなく、江戸でたった一軒のミカン問屋という設定に変えられています)。
志ん生バージョンだと、「商人の意地があるから探してやったが、いやなら売らないよ」という感じで、演じ方も、少し乱暴な八百屋の主人みたいな口調です。
小三治バージョンだと、話し方も静かな落ち着いたものになり、「のれんを守る」というテーマが出てきます。そして、「これまで掛かった元手をすべて回収させてもらう」と、商人の金銭に対する厳しさも感じさせます。
志の輔バージョンでは、「のれんを守る」を「のれんに懸ける」まで強め、金銭への言及はカットしています。
粗忽者の番頭さんが、必死でミカンを探す噺に、商人にとってのれんが、いかに大切かというテーマが新たに加わります。これによって、噺にグッと深みが加わります。
1つの落語を、色々な落語家のバージョンで聴き比べると、演出や人物の演じ方が異なり、とても面白いですよ。太助は、どんな演出で話すのかって? それは今後のお楽しみということで(笑)
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トップマネージャーが「遊びを身につけて、表に出す」とは?
こんにちは、太助です。今日は、「落語はビジネスに役立つ」というテーマで考えてみたいと思います。
私の好きな落語に「百年目」という噺があります。この噺に出てくる「遊びを身につけて、表に出す」というセリフが、私にはとても印象的です。ご紹介したいと思います。
1)この落語の主人公は、ある大店の番頭。遊び一つしたことがない堅物で通っていて、店では、奉公人たちを、のべつガミガミと叱っている。ところがこの番頭さん、実は、遊びのほうもかなりの達者。菓子屋に預けた派手な着物に着替えては、芸者のところに入り浸っている。
2)ちょうど季節は花見の頃。番頭さん、芸者や幇間を引き連れて、船で花見に繰り出すことになった。すれ違う船から顔を覗かれるとまずいので、暑くても障子を開けずにいた。しかし、向島に着くと、酒が入って大胆になり、扇子を縛り付けて顔を隠し、芸者衆や幇間と大騒ぎを繰り広げる。
3)そこへ、番頭の主人である旦那が、馴染みの医者と二人で花見にやってくる。土手の上で、二人はバッタリ鉢合わせ。突然、目の前に現れた主人に、番頭は動転し、「お久しぶりでございます」と言い、逃げるように店に戻ると、そのまま寝込んでしまう。店ではひた隠しにしていた、遊び呆ける姿を見られてしまったのだから、馘首は間違いないだろう。その晩は一睡もできず、翌日、帳場に座っていても生きた心地がしない。
4)そこへ旦那のお呼びがかかる。昨日のことを言い訳する番頭に対して、旦那は次のような話しをする。
堅すぎれば角が立つ。そこを遊びで丸くする
・帳面を調べてみたが、一つも不正はなかった。番頭はすべて自分の金で、あれだけ豪勢に遊んでいる。それは大したものだし、遊びは結構なものだ。
↓
・しかし、遊びを隠してやることはない。遊んで、その味を自分の身体につけて、表に出してもらいたい。仕事中、堅すぎれば角が立つ。そこを遊びで丸くする。遊びを無駄にしてはいけない。
↓
・番頭は、店では怖い顔をして、のべつ小言ばかり言っているが、そのうち効果はなくなってくる。小言は言うが、何でもないときにはニコニコしている。言ったあとは気を遣う。そうすると若い者が伸び伸びと働ける。
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・そうなると、お客が入ってきて、「ああ、この店は何か明るくていいな」と感じ、「また来よう」という気になる。これが儲けにつながっていく。
↓
・逆に始終、ガミガミ言っていると、店員が委縮してしまう。そういうことを客は身体で感じる。「なんかこの店は気分が良くないな」と。これは損につながっていく。
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・番頭の目から見て、大変に評価の低い者でも、長い目で見ていくと役に立ってくる。長い目で見てやり、伸び伸びと育ててやることが大切だ。
↓
・来年、番頭に暖簾を分けてやるから、それまでに、自分の代わりになる人間を育てなさい。
いかがでしょうか? マネジメントのあり方や人材育成の重要さが、分かりやすく伝わってきます。
ここで言う「遊び」というのは、女の子のいる店で酒を飲んだり、ゴルフをしたり、だけはないと思います。「様々な見聞を広める」と考えてはどうでしょうか。幅広い見聞を身につけることで、それがゆったりとした気持ちの余裕や、人間としての重みにつながっていくのではないでしょうか。
機会があったら、「百年目」を、ぜひ視聴してみてください。
志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを ち「百年目」
お勧めの落語家:柳亭左龍~ふくよかで、艶やかな古典の名手
こんにちは、太助です。暦の上では、夏は立夏から立秋の前日までなので、8月6日頃迄のはずですが、まだまだ暑さは続きそうです。
うだるような熱気の中、人形町で開催された「第1回 柳亭左龍 独演会」(7月25日)に行ってきました。
開演まで少し時間があったので、甘酒横丁の居酒屋「山葵(わさび)」に寄って、はもや穴子の白焼きなどで、ちょいと一杯(山葵は、魚が美味しく、うまい地酒が揃っているのでお勧めのお店ですよ!)。
会場は、人形町駅から徒歩5分くらいの日本橋社会教育会館のホール。いかめしい名前のホールですが、ここの席は、列ごとに段差が付いているので、とても見やすいのです。
まんまるな顔と体から繰り出す、多彩な表現
柳亭左龍師匠といえば、まんまるな顔と体に、つぶらな瞳。漫画「おぼっちゃまくん」のような風貌ながら、深く響く美声の持ち主。初の独演会ということで、客の入りもよく、期待が膨らみます。
この日の演目は、
「お菊の皿」は、美人幽霊のお菊が人気者になって太ってしまうという設定にしてあり、左龍師が、まんまるな顔で演じる幽霊に、場内は大爆笑。
「壺算」からは、声もテンポもぐっと加速します。兄いの啖呵が心地よく。
「船徳」は、若旦那のだらしなさ、船宿のおかみの困った様子に、何とも言えないおかしみがあります。
声の高さや大きさのメリハリ、顔芸ともいえる愉快な表情など、その引出しの豊かさに驚きます。独演会では「もうお腹いっぱい、胃もたれが……」という噺家さんもいますが、左龍師の場合は、フルコース食べても、本当に心地よく身体に入ってくる感じです。
今回が初の独演会というのは、ちょっと驚き。同期の柳家三三さんとは、勉強会を定期的に開催されているようですが、今後はぜひ、精力的に独演会を開いていただきたいものです。
柳亭左龍、お勧めの落語家さんです!
そうそう、次回独演会が決定しているそうですよ! ぜひ、足を運んでみてください。
日時:平成29年11月29日(水)
開演:19:00
場所:
2009(平成21)年 第14回林家彦六賞受賞
2010(平成22)年 花形演芸大賞銀賞受賞
2011(平成23)年 花形演芸大賞金賞受賞
2012(平成24)年 花形演芸大賞金賞受賞
落語のお勧め本「今夜も落語で眠りたい」
こんにちは、太助です。毎日、暑い日が続きますね。「千両みかん」という落語を一生懸命、稽古しています。夏場に蜜柑などなかった江戸の頃。燃えるような炎天下、番頭さんが蜜柑を探して、江戸中を走り回る噺です。地球温暖化が進む今の東京と、冷房などなかった江戸時代。どちらが暑かったのでしょうか?
落語について少し深く知るためには、関連の書籍を読むことも大切だと思います。太助の落語お勧め本を、いろいろ紹介していきたいと思います。
今回紹介するのは、中野翠(なかの みどり)さんの『今夜も落語で眠りたい』です。コラムニストである中野さんは、テレビでたまたま見た古今亭志ん朝の「文七元結(ぶんしちもっとい)」に衝撃を受け、落語ファンになります。
その後、中野さんは、落語の名人のカセットテープを聞き込むことで、知識や理解を深めていきます。桂文楽、古今亭志ん生、古今亭志ん朝、柳屋小さん……。一日の終わりに落語のテープを聞いて眠るのが日課になった中野さんは、すっかり落語中毒者(ジャンキー)になっていきます。この本は、中野さんが聞いた名人の演目を、1つずつ紹介していくものです。
名人の名演の魅力を、ビギナーの観点で
この本の魅力は、何といっても名人による噺を大量に聞き込んで、その中から、お勧めの演目を紹介していることです。
桂文楽:「王子の幇間(たいこ)」「厩火事」「よかちょろ」「明烏」「酢豆腐」
古今亭志ん生:「寝床」「犬の災難」「火炎太鼓」「黄金餅」「粗忽長屋」「唐茄子屋政談」
三遊亭円生:「彌次郎」「双蝶々」
古今亭志ん朝:「文七元結」「居残り佐平治」「雛鍔」「崇徳院」「三軒長屋」「三方一両損」「火事息子」
ほか、柳屋小さん、春風亭柳橋、金原亭馬生、春風亭柳昇など30演目が解説されています。落語の簡単なストーリー、演者の特徴、中野さんの解説と感想がコンパクトにまとめられていて、とても楽しいエッセイであり、落語ガイドブックにもなっています(その他、落語の登場人物を切り口に解説した章もあり)。
そのとき私は直感したのだ。「もしかして落語ってバカの豊かさを描いたものじゃないのかな」って。
私も同感です。落語にはエリートは出てきません。会社の中でも外でも「競争」と「戦い」を繰り広げるビジネスの世界とは対極にある世界です。与太郎のような、バカが主人公の世界。しかし、その何と豊かなことか。
中野さんのこの本には、落語世界に対する温かなまなざしや愛情がたっぷりと詰まっています。寝る前に読むには、最高な1冊ですよ!
書名:今夜も落語で眠りたい
筆者:中野翠
出版社:文芸春秋
定価:750円+税
「超入門!落語THE MOVIE」の魅力を考える
こんにちは、アマチュア落語家の太助です。田舎に住んでいると、夏は蚊に悩まされます。洗濯物を干すときなど、虫よけスプレーを使うのですが……。蚊ってヤツは、塗っていないところを探すのが実にうまいですよね。昨日、耳の裏側を刺されたときは、「耳なし芳一」という怪談を思い出しました。
さて、落語を聞き始めたばかりの方にお勧めしたいテレビ番組が、NHK総合の「超入門!落語THE MOVIE」です。今日は、この番組の魅力について考えてみます。
「超入門!落語THE MOVIE」は、落語の演目を映像化しているのですが、この番組のおもしろさは、落語家の喋りに合わせて、俳優がいわゆる「口パク」で登場人物を演じていることです。
番組の構成は、だいたい以下のような流れになっています。
1)番組ナビゲーター(濱田岳)の演目紹介
↓
2)演目に関連する小噺的なドラマ(現代)
↓
3)高座で、プロの落語家による口演
↓
4)演目を映像化したドラマ
↓
5)背景などに関する「解説コーナー」
30分弱の放送時間に、これだけの内容を詰め込むこと自体、「どれだけ贅沢なんだ!」という気がしますが、制作も大変な苦労を重ねているようですね。
「まず、師匠を呼んで落語の収録。早朝や深夜に都内の寄席を借り上げて、客席に人も入れて行います。そして、この音声を文字に起こし、俳優を決めてブッキングし稽古、そして撮影を進めていきます」
「役者さんは音声を繰り返し再生して練習します。演技はバッチリなのに音声と口が合っていなくて、テイク20くらい撮り直したときもあります。」
落語の舞台が視覚化され、口跡のよい人気の落語家ぞろい
私が考えるこの番組の魅力は、以下となります。
1)落語の舞台、人物が視覚化される
落語の舞台となる長屋、茶店、奉行所などがビジュアル化されるので、江戸期の風俗に詳しくない人でも容易に落語の世界に入り込むことができます。私も「二番煎じ」という落語に出てくる番小屋は、「なるほど、この程度の広さなのだな」と勉強になりました。
2)口跡のよい人気の落語家ぞろい
発声やせりふ回し、声の質がよい演者を「口跡(こうせき)が良いね」などと言いますが、この番組に出てくる噺家は口跡のよい師匠がほとんど。その口調に合わせて、役者が口パクをするので、聞き取りやすい落語家でないと困るのですが。
柳家三三、古今亭菊之丞、柳亭市馬、瀧川鯉昇、春風亭一之輔など、実力と人気を兼ね備えた噺家が登場します。どの師匠もテンポが良くて、とても聞き取りやすいため、落語に知識のない人でも、すんなりとストーリーを理解することができるはずです。
3)けっこうマニアックな噺も取り上げられる
映像化するため、比較的、場面転換のある噺が取り上げられます。このためでしょうか、普段、あまり高座にかけられないような、「田能久」「不動坊」といっためずらしい噺も映像化されています。
作り手の落語に対する深い愛情を感じさせてくれる「超入門!落語THE MOVIE」。今後の期待は、廓話(くるわばなし)を、ぜひ手掛けていただきたいと思います。NHKという制約の中で難しいとは思いますが、昔の廓の情景や独特のしきたりなどは、噺だけでは想像力の限界がありますから。
落語初心者の方は、この番組で、長屋や登場人物の雰囲気を理解できたら、徐々に自分の想像力の中で落語の世界を繰り広げられるようになれば良いと思います。